「進撃の巨人」を原作コミックとアニメの両方で楽しんでいます。

原作とアニメでセリフや演出が異なる部分があり、こっちの方が好きとか両方好きとかありますが、戦後の描写に関しては、アニメの表現が気に入っています。

 

特に、兵長、ヒストリア、パラディ島と世界のその後の表現は、アニメの方が自分のイメージした形に近くなっていた。

ヒストリアに関しては、過去にも何回か書いています。

 

 

今回は、兵長のその後について。

原作のラストでは、アルミンたち104期生が、連合国大使としてパラディ島へ向かう一方、兵長はガビ&ファルコに付き添われて、オニャンコポンの故郷らしき都市を訪れた姿が描かれます。

スーツらしきこざっぱりした服装で、新聞を手に優雅な生活っぽい。

また、訪れた都市も地ならしの被害は無さそうで、空には飛行艇(飛行機?)が飛んでいる。

それを見上げる兵長…

美しい描写なのですが、あの世界においてマーレの主戦力は飛行船。

エレン巨人へ向かったアズマビトの飛行艇は、最新技術。

戦後3年で、飛行艇が見れるなら、パラディ島と世界の技術格差は大きいままで、地鳴らしの犠牲まではらったのに、すぐに島が攻め込まれない?大丈夫?となってしまう。

 

アニメでは、外の世界に無傷で残った都市は描かれず、兵長は復興ボランティアっぽいことをやっている。

そして、見上げるのは鳥。

こちらの方が、私にはしっくりきました。

 

また、ガビ&ファルコやオニャンコポン、イェレナと同じ活動に従事しているっぽいけれど、一緒に描かれなかったのも良かった。

兵長に孤独であって欲しい訳ではありませんが、原作の印象だとガビ&ファルコとオニャンコポンが兵長の新たなチームメイトになって、104期生たちとは、別の生き方を選んだっぽく見えませんか?

兵長にとって、エルヴィンとハンジさん、そして亡くなった旧リヴァイ班などの仲間たちは、ずっと忘れられない大事な存在だと思いますが、104期生のアルミン、ミカサ、ジャン、コニー、たぶんヒストリアもすごく大事な存在で、仲間だという意識があると思っています。

なので、104期生たちと全く別の生き方を選んで、新しいチームを持ったという描き方は、ちょっと寂しい。

アニメでは、兵長がガビ達とがっつりチームという感じに描かれなかったので、104期生たちと別の生き方を選んで、新しいチームを持ったという感じが薄められたと思います。

この変更は、画集のオマケ漫画「悪童」への布石だと思いますが、このストーリー内で、ちゃんと104期生ともつながってることが描かれるといいなあ。

基本は、兵長の幼少期の話で18P しかないので難しいかもしれませんが。