医師、鎌田實(みのる)氏の心に響く言葉より…

 

 

 

無礼、無感動、無頓着症候群は、豊かな人生を無味乾燥な人生に変えてしまいます。

 

日々、新しいことを“発見”することで、そこから脱却できます。

 

 

年をとっても昨日よりは明日と成長すること、それが大事。

 

好奇心を持って新しいことに臨む姿勢が大事なのです。

 

「どうせ死ぬんだから」と無気力になっては、不幸な結末が待っているだけ。

 

 

生き方が最後まできれいでいたいと思って、いま自分は第四コーナーを回りかけています。

 

そして、もっとも大事なのは「ありがとう」の気持ちを忘れないこと。

 

なにかをしてもらったときに「ありがとう」が言えるかどうか。

 

 

「ありがとう」の気持ちがあれば、人生は勝手によい方向に回転していくはずです。 

 

死ぬときも「ありがとう」の気持ちを忘れないようにしたい。

 

もう用意してあるカマタの遺言の最後の行は「人生おもしろかった。サンキュー、グッバイ・・・」。 

 

 

《最後まで「礼」を失わないで生きる》

 

 

うまいように死ぬ (扶桑社BOOKS)

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本書の中に「老年的超越」という言葉の紹介があった。

 

 

『「老年的超越」とは、スウェーデンのトーンスタムという社会学者が唱えたもので、「人間は高齢になっていくに従って、物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的世界観に変化」していくというもの。

 

つまり、だんだん物欲から離れていく。

 

すると「自分に与えられた役割をまっとうしたい」気持ちにつながっていく。

 

つまり「自分の使命に気づく」ということのようです。 

 

なるほど、と思いました。

 

確かに年をとると「自分は自分だけでこの世に誕生したのではなく、過去から未来への流れの一部分として存在する」という考えが自然と入ってきて、過去や未来の世代とのつながりを大事にしたいと思うようになります。

 

「自分が、自分が」と いう気持ちが薄れ、自分より他人を重んじるという「利他性」が高まるのです。』

 

 

 

誰であっても、年齢を重ねれば重ねるほど、「あの世」に近くなる。

 

若い頃は無限に続くと思った瞬間も時間も、老いとともに時間は有限だと気づき、やがて自分もこの世を去る日がくるのだと思うようになる。

 

すると、若い頃はまったく関心のなかった、神社やお寺とのご縁が必要なことを悟る。

 

それは、目に見えない世界にふれることにより、「感謝の念」が深まり、神さまや仏様という存在を身近に感じることができるからだ。

 

まさに、神道や仏教にふれることは、「利他的」であることの最たるもの。

 

 

また、神道や仏教では、神々や祖先への感謝と敬意を表し、けがれを払うため、「礼」が大切にされる。

 

これは、人間関係においても同じだ。

 

 

お互いに敬意を払い、相手を尊重する。

 

それは、威張らないこと、尊大にならないこと、謙虚でいることでもある。

 

「おかげさま」の気持ちを常に持ち、感謝の心で生きること。

 

そして、「ああ、面白かった。ありがとう」と言って旅立つこと。

 

 

『最後まで「礼」を失わないで生きる』という言葉を胸に刻みたい。

 

 

 

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