生き方を問われている | 自分を認める旅路

自分を認める旅路

自分に自信が持てず苦しんできた経験から、心理カウンセラーを目指していました。
しかし美容外科で注射失敗により、現在ココロ崩壊中…。自分を建て直す旅路を模索中なブログです。

こんにちは、もじもじです。

こんなことになり、今の人生が悪い方向に向いたと思っていたけど。

そもそも元々の人生も良い方向に向かっていたのか?
きっと、良い方向に向かっていると実感がないまでも、おそらく幸せだったのだと思えるくらいには、幸せな方向に向かっていたのだとは思う。
だから、いまの現状が辛いわけで。

いまは、もはや抜け殻のように今までとは真逆のネガティブな人生だと感じている恐怖。

こんなハズではなかった…
こんな自分は嫌だ…
こんな人生に向かうためではなかったのに…

でも。

もはや思考が麻痺した現在では一体自分は何をしたいのか?
どう生きていったらよいのか?
何が望みだったのか?

わからない。
わからない。
わからない。

辛い気持ちと焦りと恐怖。

今まではこんなに具現化されずに処理ができていた感情。対応できていた感情。だから問題にも感じていなかった。

しかし、いまは本当に前の自分が自分だったのか、むしろ今の自分が自分なのか。もはやわからない。

いまの自分が本当の自分なのか。
だとしたら、引きこもり、誰とも話したくなくて、仕事もしたくなくて、ただ周りの評価に怯えている自分が、元々の自分…?

どう生きていくのか、生き方を問われているのかも。

ただひたすら「いま」を生きる視界しか見えない。夢も希望も無駄。考え方を変えて行動したってどうせ無駄。

何かを期待するのは無駄。
何をやってもどうせ無駄になる。

ならば期待しないで生きる生き方をすることが必要なのかも。自分が望むようには現実化はしないという思考が現実化した。してしまった。

それをもはや覆せない。
その事を知ったからこそ、もうその思考と一緒に生きていく。
自分が望まない現実を作ってしまうなら、その発想を転換するだけ。
それをむしろ利用するくらいに。

とにかく、今後の生き方を問われている。
必死で考えなくちゃ。
自分が望んでいない現実化にも対応できる発想の転換を。

最期をどう迎えるか。
そのことを考えて生きる必要がある。