義父が脳梗塞になった時。
大変だ!と思ったけれど、実際何が大変なのかは、まだわかっていなかった。
救急搬送されて「入院」にはなったものの
家族としてはそれほど、やる事は無い。
昔と違って、病院では大抵のところが
入院患者には「病衣」(前が簡単に広げられる浴衣のようなもの)を勧められる。
タオルや洗面具などもレンタルセットがある。
だから洗濯物を持って行き、新しいものと交換する…などという手間もない。
男性の場合は、用意するものといえば
時計と電動の髭剃りぐらいだ。
あとはカレンダー。これも携帯を見ればわかるからいらないかもしれないけど。
病室の壁は白くて殺風景だ。
だから私はなんとなく寂しく感じてしまう。
運ばれた病院は急性期病院だったので、長くても1週間ぐらいで出て行くように言われる。
その後は年齢や病状によって変わるけど
義父の場合はリハビリ病院に行くことになった。
この時はまだ、杖で歩けたけれど、私は仕事を辞めた。
多分この先、もっと大変になるな
と思ったからだった。
私はあれもこれもと、こなすことが
昔から苦手だった。
できないことはないけれど、その生活が長く続くと、だんだんと身体も心も疲れて寝込む時もあった。
要するに不器用なのだ。
仕事でストレス。。
家でもストレス。。。
こうなるとホッとする暇がなくなる。
だから潔く仕事を辞めた。
周りは辞めたことにもったいないと言ったけど、
私は自分が、切り替えが下手な人間だということを、一番よく知っている。
だから「もったいない」などとは思わなかった。
義父のためと表面上は言いながら
本当は自分のためだった。
でもそれがいい。
それでいい。
自分の体や心を蝕んで痛めつけてまで
働いたって、なんの意味もない。
本当の意味で、自分を守ることができるのは、自分と家族だけだと思う。
組織は自分が思うより、ずっと冷たい。
変わりはいくらだっているのだから、当たり前だろうけれど。
仕事を持つ50代、60代の人にとって、親の介護問題は、なかなか難しい。
兄弟姉妹の仲さえ引き裂くようなところも、残念ながら現実にはよくある話だ。
私はこの先のことはあまり考えない。
今もそれなりに大変ではあるけれど
週二回のデイサービスと、たまの病院受診。
だからこそ今できることを楽しんでいる。
お金はなくとも、楽しめることは探せばいくらでもあるから。
自分にはあんまりお金をかけないけど
