こんにちは。
ひろこです♪
毎日慌ただしくしていると
のんびりする時間が欲しいと思うし
退屈な日が続くと
寂しいし、つまんないし、刺激が欲しい。
人ってホントないものねだり。(笑)
・・・と言うか、
「ない」ものに視線が向く。(笑)
そして、それを欲しいと思う。
「ある」ものをあるとは思わず。(笑)
時間が「ない」。 余裕が「ない」。
楽しみが「ない」。 ときめきが「ない」。
忙しいって
時間も余裕もないかもしれないけど
求められてやることがある、
やりがいを感じられる状態・・・でもある。
退屈って
楽しみやときめきは少ないかもだけど
リラックしてのんびり出来る
余裕のある状態・・・でもある。
私がいつも思うことは
たったひとつの正解なんてなくて、
答えは悩む人の数だけあって、
それぞれにぴったりなものを
選び取ればいいということ。
ただ自分に合うものを選ぶだけ。
大切な人との時間を犠牲にして
余裕のない日々を過ごすとしても
その忙しさを乗り越えた先に
大切な人とよろこびをわかち合えるなら
それはそれで大正解。
もう、無理をするのはやめにして
たったいま目の前の時間を
自分にとって大切な人、大切なことに
優先すると決心するなら
それはそれで大正解。
退屈な時、
無理やり楽しみをつくるのも
流れに任せてダラダラするのも
自分に合っていることを選ぶなら
どちらもやっぱり大正解。
そして
もちろんそれ以外も。
自分以外の誰かに合わせようとか
想い以外の何かに合わせようとか
そうすることが、きっと、苦しい。
常識なんてどうでもいい、
自分の気持ちを尊重してっていうのは
もちろんそれも正解だけれど、
そうすることが苦しい人もいるわけです。
常識に囚われるがために
苦しい思いをするくらいなら
そんなこと手放したらいいです。
でも
常識的な行動をすることが
悪いわけではないです。
いわゆる常識的な考え方、
いわゆる一般的な行動をすることで
自分を「つまらない人」みたいに
思う必要はまったくなくて。
あるいは誰かを
そんなふうに思うのもおかしくて。
感じ方や考え方、
モノの見方が違うだけ。
ひとりひとり、それぞれにとって
気分よく、心地よくいられる
その人にとっての正解を得られたら
それでいいんだと思うんです。
もしも
何かを譲ったり、我慢してでも
失いたくないものがあるなら
それも含めて自分の選択。
誰もが
自分にぴったりの選択をして
それぞれの選択を
自分の選択のように尊重出来れば
何かを他人さまのせいにすることは
たぶんなくなるでしょう。
常識的でも、そうでなくても
前向きでも、怠惰でも
何も悪いことはなくて、
もしも悪いことがあるとすれば
誰かのせいにして
自分に合わない選択をすること。
何もかも合わない!!
ぴったりこない! しっくりこない!
望むことが叶わない!!
・・・・と思ったら
「ない」に視線が向かい過ぎてるのかも。
気がつかないうちに
「ない」に縛られてるかもしれません。
「ある」に意識を向ける習慣は
満足感のある日常を創ります。
あなたの今日が
たくさんの「ある」に囲まれた
大満足の一日であるよう祈っています♪


