こんにちは。
ひろこです♪
私達は幸せを求めているはずなのに
なぜか逆のこと・・・
不満とか不足とか不平にばかり
目を向け心を動かします。
なぜかと言うと
不満とか不足とか不平を
『なんとかすれば』
幸せになれると思っているから。
いま足りないものが充分手に入り、
満たされない想いが叶えられたら
『幸せになれる』と思っているから。
幸せを求めれば求めるほど
『なんとかすべきこと』を見つめ
耳を澄まし、観察しまくって
それをコントロールしようと
全精力を傾けます。
そうすることで
幸せになろうとします。
ここにはちょっとした矛盾が生じます。
求めているのは『幸せ』なのに、
神経を集中しているのは
『不満とか不足とか不平』
つまり、幸せの真逆にあるもの。
・・・・・おかしくない?
不満とか不足とか不平を見つめて
そこに心を動かしたら
それが波動になって拡がります。
不満とか不足とか不平の波動は
宇宙にまで拡がって
そのままそっくり還ってきます。
いやいや、違うよ。
別に不満とか不足とか不平を
求めてるんじゃなくて、
何とかしようと思ってるんだよ。
・・・・って言うかもしれないけど、
『何とかしようと思ってる』波動が
そのまま還ってきますよね。
『何とかしようと思ってる』波動
・・・つまり
「思うようにならない」という波動が。
『幸せになろう』と思うと
これは永遠に繰り返されます。
繰り返し続けられる。
だから。
『幸せになる』のではなくて
『幸せである』ことに気づいて感じる。
同じようで、全然違いますよね。
『幸せになろう』とすると
幸せじゃない部分に
注目するしかないんですよね。
そしてその部分を矯正しようとする。
だから
「幸せじゃない波動」と
「思い通りじゃない波動」を
同時に拡げ続けることになる。
いまある幸せに気づいて
それを充分感じられたら
幸せの波動を拡げることになって
その波動が還ってきます。
ついでに感謝まで出来たら
感謝の波動も一緒に還ってきます。
幸せであることが習慣になるのは
ここにない幸せを求める人ではなくて
いまある幸せを充分感じられる人。
幸せが習慣になるのは
不満、不足、不平を
どうにかしようとする人ではなく
与えられているものに感謝できる人。
幸せであることが習慣になるのは
「幸せになろう」としない人。
ただ
幸せであり続ける人。
私はその昔、
いまよりずっとあらゆる意味で弱く
バカにされたくないと肩ひじ張ってて
いま思い出すと
不満、不足、不平ばかりを
追いかけまくってた気がします。
それらを退治すれば、
それらを克服すれば
幸せになれると思ってた、たぶん。
アホなんだけど
そのアホっぷりが気づきになれば
アホも役に立つってことです。(笑)
あなたが
今日も幸せであり続けることを
祈っています♪


