こんにちは。
Hiroko♪です。
記憶は
その人にとっての真実。
その人だけの真実。
時に
トンチンカンな真実。(笑)
トンチンカンチン
だけど、真実。(笑)
私の最初の就職は
地元の地方銀行で、
その時の先輩方とは
今でも仲良くして頂いてます。
つい先日も
8人で新年会をしたんです。
中には10年ぶりくらいに
お会いする先輩もいらして。
で、
いつものことですが
昔話があれこれ出てくると
私がとっても
楽しみにしていることが始まります。
みんなの「記憶のズレ」です。
ホントいつも思うんですが、
それぞれの記憶には
微妙な記憶のズレがたくさんあります。
そう、
微妙、だけど、たくさん。
「あの時は○○でさぁ~」
「え!? そうなの? ××だと思ってた。」
「いやいや、△△だったんでしょ?」
「◇◇って感じてたんだけど~。」
記憶の中の
微妙なズレ申告が止まりません。(笑)
誰かの記憶は
誰かにとって
とんでもなくトンチンカン。(笑)
同じ空間で同じ時間、
一緒に過ごしていた仲間の間で
微妙にたくさんズレているわけです。
そして
「そんなの覚えてないよぉ~。」という
びっくり発言も時々あって。
そんなわけないじゃん!!
覚えてないわけないじゃん!!
もうね、
解釈とかの問題じゃなくて
記憶力の問題になってきたりとか。(笑)
(歳には勝てない!!)
当たり前だけど
別に
誰かがウソついてるとか
そういうことではなくて。
それぞれの解釈によって
それぞれの記憶が創られて
それぞれの真実になっている・・・ってだけの事。
ひとつひとつは小さくて
取るに足りない程の
「ズレ」だとしても、
それがたくさん重なると・・・・。
つまり
少しずつ微妙にズレながら
それが重なることで
解釈と真実が
ズレながらそれぞれに創られていくわけです。
たまたまお誕生日の方がいました(#^^#)
それって
過去だけじゃなく
現在にも言えることですよね。
「今ここ」でも
私の解釈によって
私の真実は創られ続けている。
それは
すぐ隣にいる人と
きっと微妙にズレている。
過去の記憶は
その人にとって
紛れもない真実だけど、
誰かの記憶とは
きっと微妙にズレている。
真実って
あくまで「その人の中」に
あるものなんですよね。
だから
誰かの真実は
誰かにとって
とんでもなくトンチンカン。(笑)
いい歳をした
おじさんとおばさんが
昔話の微妙なズレに
ゲラゲラ笑ってる図って
ちょっとおもしろコワいでしょ?(笑)
「えーっ!!
そうだったんだぁ、ごめんねぇ。」
とか言い合いながら
お互いの解釈の違いに
フォローを入れ合って、
そしてゲラゲラ笑い続ける。
コワいわぁ~。
コワくて幸せだわぁ~。(笑)
トンチンカンチンな真実は
お互いの間を巡り巡って、
少しずつ形を変えて
それぞれの胸の中に戻っていきました。
また次回、
どんなトンチンカン真実が
披露されるか楽しみです。
今日も
愛と感謝とユーモアが
たくさん巡らされますように♡


