古いのか?新しいのか? | 『慢性症状』専門治療室&カウンセリングルーム ちば幕張イソカワ総合治療院

『慢性症状』専門治療室&カウンセリングルーム ちば幕張イソカワ総合治療院

『慢性症状、スポーツ疲労、自律神経症状、氣力回復』専門治療室
⭐営業時間9:00~18:00
⭐完全予約制
⭐一日限定9名~10名
【御予約043-271-1517】

とても熱血漢で頼りになる先生の施術です。

無痛で副作用なしの自然「手技」療法です。

本日は日曜日、
私はあることを朝から考えていました。
しばらく、私の思考にお付きあい下さい。
爆笑爆笑爆笑


古いとは何か?
新しいとは何か?



私たちには、知る限りの歴史があります。

進化を重ねて人間という種が誕生し、

時を重ねて、現代の2016年という今日があります。

時代はどこに進むのでしょう?

便利、豊、平和、安らぎ、

その定義は本当は何なのでしょう。

人が自ら行動しなくなればなるほど文明は豊なのでしょうか?

そのキーワードに、『時間』という普遍的な軸が存在することにある。

私たちは、時間と共に合わせて行動をする。

起床、食事、活動、就寝の揺るぎないサイクルにて一日を時転と共に、過ごしている。



それにより私たちの中には、普遍的な時間の
過ごす感覚に、本来の『充実感』を見失っている者も多い。

毎日が退屈

毎日があっという間

毎日が同じ

そう言う者も多い。

私たちの先祖は、森羅万象に従い、陰陽の法則に生きていた。


太陽が昇れば活動し、



日が沈み月あかり、星が夜空を照らせば、体を休め明日に備えていました。



日本であれば季節による変化を感じ、

春、夏、土用、秋、冬

四季でなく、五季の中で

自分自身、他者、自然との、

揺るぎない三位一体の調和を図っていた。




私たちは、どんなに進化しても変えてはいけないものがある。

それは、時、重力、空間

そのサイクルにて生まれる種の存在意義である。

人は当たり前に自分が中心に行動する


動物、植物の成長は知っても権利は無いとばかりにぞんざいに扱う。

鉱物、水質に至っても物質は認めても生物ではないとしている。



日本の古来の民族や、他の大陸での先住民たちは、万物とコミュニケーションをとり、
それにて命をいただき、摘んだり、食べたりしていたという。

全てに同じ命がある。



それを東洋医学には学びがある。

食べ物や、酸素から『氣』を得る

それにて、先天的に宿る氣、いわゆる魂の役割であるエネルギーを補いつづける。

なぜ、親から貰った遺伝子に含まれる『氣』を、食事と呼吸から、『栄養と酸素』を供給できるのか?

それは、それらには元より『命』があるからである。

私たちは普段、様々な命を頂戴している事を忘れてはいけない。

そもそも、食事の際に皆さんはこう言うだろう。



『いただきます。』

これは、命を頂戴しますという意味もあり、仏教の教えもあるが

宗教どうこうでなく、人は万物の一員であるからして思うべき倫理なのであると感じる。

昔の人は、かならずこう言う

『物を粗末にしてはいけないよ』
『食べ物に感謝しなさいよ』

これを先日、中高校生に東洋医学セミナーをした際に聞いてみたことである。

昔の人=戦争を生きた人だから貧しいからそう言っている。

ちがう、

貧しいから有り難みがあるのもあるが、

その前に万物との付き合い方を人間として分かっているのである。

新しいとは、?

古いとは、?

私たちは文明が栄えているように感じるが、
実は、どんどん退化しているのである。



食事は手軽に、掃除はロボットに、

風呂は自動で沸かし、

人はメールで用を済ませ、

行動に至っては、どんどん早く目的地に着けるほどであり、確かに便利ではある。



人は歩く事をしなくなるだろう。



そして趣味や健康でお金を払いながら歩き方を学ぶだろう。

人は喋らなくなるだろう、話さなくなるだろう。



そして感情を維持するに、お金を払いながらも、時間を費やしながら、頼み込んで話をしてくれるビジネス先を求めるだろう。

人は自分から食事をしなくなるだろう。
食べる時間がもったいないと、手軽に済ませるものほど取り始めるだろう。

そして、箸やフォークを使って、口に運び、口の中で噛みながら食べる動作に新鮮さと、エクササイズ要素を感じ、見た目を変える目的地だけに、いまの食事方法を行うだろう。

いま、当たり前が、

数十年後は昔のやり方になる。

だが、人間は生まれてきた理由は、楽をする為だけではない。



様々なことを、苦楽を含め体験する事に意味がある。

楽をするのと、楽をする為に智恵を絞るのは違う。


私たちは、新しいと思う世の中に、

自然との向き合う感覚をもっと『思い出す』べきである。

その感覚を、私は

幕張にて、森羅万象の学問から

人の感覚トレーニングを伝えています。

ちば幕張