ちほです。
土曜日に最速思考術を受け
7日が経ちます。
その時に自分が最速思考を
使えていた出来事を
思い出しました。
一つ目が短大に入学した時。
二つ目は家を建てる時。
一つ目の短大の時。
私は小学生の頃から続けていた
バレーボールで推薦入試を受け
無事合格をし
長崎の短大へ進学しました。
入学前の監督との会話での一コマ。
この短大には
出来なければ殴られて、
そうやって精神面を
鍛えてきた子たちが入学をする。
殴られていな環境で
続けてきた君とは違う。
そこは、
大丈夫か?と言われた。
その時
自分がなんて答えたか
覚えていない。
でも
心の中に闘志が湧いてきたのは
確かだった。
「殴られていないとダメなの。
そんなこと言われても
殴らない監督だったし
私にどうしろって言うの。
殴られたら凄いの?」
完全な逆切れのような
気がするけれど、
殴られないのが悪いわけ?
という
もの凄い自分の中から怒りが
湧いてきたのを
こうして書きながらも思い出す。
監督の言葉を
「がん無視」していました。
その2
推薦入試で合格した同期達は
高校卒業と同時に
直ぐに短大の先輩の家で
下宿してチーム練習に参加。
私は卒業前に運転免許を
取得させたいという両親の意向で
長崎へ行くのが遅れました。
蒲団だけは送っていたので
同期達からは
いつになったらくるの?と
話題になっていたみたいだった。
ようやく仮免許まで取得し
宮崎を離れ長崎へと旅立ちました。
多分、
関東遠征に出発する前日辺り
だったと思う。
短大へ着いて言われた一言。
「普通卒業したら早く来るよね。」
私、普通ってなに?(怒)
思いつつ
「すみません」と答える。
その3
日々練習をしていく中で
同期の仲間達に
バレーボールでは叶わないと
悟った私は違う何かで
負けないことを探し
勝つことを考えました。
そして
高校3年間勉強と
バレーボールを
両立させてきたことを
思い出し
勉強で
勝つことにしました。
その結果
テストの結果がよかったことと
先生の推薦状のお陰で
返金不要の奨学金を
手にしました。
同期の仲間にバレーボールで
叶わず悔しがっている
だけだったら
劣等感しか残らなかったでしょう。
でも
私は負けない
何かを探しそして
違う結果で1番になる方法を
考えて実行していました。
これって、
今考えると凄いじゃんと
気が付きました。
土曜日に最速思考術を受け
7日が経ちます。
その時に自分が最速思考を
使えていた出来事を
思い出しました。
一つ目が短大に入学した時。
二つ目は家を建てる時。
一つ目の短大の時。
私は小学生の頃から続けていた
バレーボールで推薦入試を受け
無事合格をし
長崎の短大へ進学しました。
入学前の監督との会話での一コマ。
この短大には
出来なければ殴られて、
そうやって精神面を
鍛えてきた子たちが入学をする。
殴られていな環境で
続けてきた君とは違う。
そこは、
大丈夫か?と言われた。
その時
自分がなんて答えたか
覚えていない。
でも
心の中に闘志が湧いてきたのは
確かだった。
「殴られていないとダメなの。
そんなこと言われても
殴らない監督だったし
私にどうしろって言うの。
殴られたら凄いの?」
完全な逆切れのような
気がするけれど、
殴られないのが悪いわけ?
という
もの凄い自分の中から怒りが
湧いてきたのを
こうして書きながらも思い出す。
監督の言葉を
「がん無視」していました。
その2
推薦入試で合格した同期達は
高校卒業と同時に
直ぐに短大の先輩の家で
下宿してチーム練習に参加。
私は卒業前に運転免許を
取得させたいという両親の意向で
長崎へ行くのが遅れました。
蒲団だけは送っていたので
同期達からは
いつになったらくるの?と
話題になっていたみたいだった。
ようやく仮免許まで取得し
宮崎を離れ長崎へと旅立ちました。
多分、
関東遠征に出発する前日辺り
だったと思う。
短大へ着いて言われた一言。
「普通卒業したら早く来るよね。」
私、普通ってなに?(怒)
思いつつ
「すみません」と答える。
その3
日々練習をしていく中で
同期の仲間達に
バレーボールでは叶わないと
悟った私は違う何かで
負けないことを探し
勝つことを考えました。
そして
高校3年間勉強と
バレーボールを
両立させてきたことを
思い出し
勉強で
勝つことにしました。
その結果
テストの結果がよかったことと
先生の推薦状のお陰で
返金不要の奨学金を
手にしました。
同期の仲間にバレーボールで
叶わず悔しがっている
だけだったら
劣等感しか残らなかったでしょう。
でも
私は負けない
何かを探しそして
違う結果で1番になる方法を
考えて実行していました。
これって、
今考えると凄いじゃんと
気が付きました。
