小学生の甥は優しい子です。
時々、学童保育まで迎えに行き、
食事をしながら話をします。
彼があまりにも優しいので、
クラスメートからいじめられていないか、
心配になるほど。
夕食を用意して食べさせながら、
彼の話に耳を傾けるようにしています。
少しの変化も見逃さないように。
成長する過程を共にできるように。
甥が先日、
「いただきます」と言わずに食べ始めました。
よほどお腹が空いていたのでしょう。
しかし、それでは今後の彼に良くありません。
私は「いただきます」の意味を伝え、
命あるものをいただくおかげで人間が生きていることや、
苦労して育てた人のおかげで食事ができると話しました。
そこで人間と命あるものの話になったのです。
彼がどこまで考えを及ばせられるか、
知りたいという思いもありました。
私は彼くらいの年齢まで、
よく泣いていました。
気が弱いというより、
自分ではどうしようもないことへの無力感や、
自分が蒔いた種なのに何もしなかった後悔や、
人の信頼を裏切ってしまう自分の弱さなど、
泣く理由はさまざまでした。
彼との会話の話に戻ります。
私が幼いころに泣いたエピソードを話しました。
私「小さなころ、家には庭があったんだ」
甥「マンションじゃなかったんだね」
私「そう。小さな家に小さな庭。そこに花がたくさん咲いていた」
甥「どんな花?」
私「チューリップや水仙…ユリやバラもあった」
甥「たくさんだね」
私「ある日、母が庭からチューリップを切ってきた」
「切ったチューリップを花瓶に差したんだ」
「母はこう言った。きれいだからみんなで見ましょうと」
「だけど、そのチューリップの気持ちで考えたんだ」
「そのチューリップはきっと庭で咲いていたかったんだ」
「だから母に『もう切らないで』と言って泣いてしまったんだよ」
以前、ブログに書いたエピソードです。
甥が「切られたチューリップは何本だったの」と聞くので、
私が「4本か5本だった」と答えると…。
甥は静かに話し始めました。
「庭に残ったチューリップもかわいそうだね」
「クラスメートが一度に数人いなくなったんだ」
「一人いなくなっても寂しいのに」
「去年ね。友達が一人、転校していったんだ」
「あの時、僕はとても寂しかったんだ」
甥は下を向いていました。
涙を流しているのが分かりました。
それを見て私も涙があふれました。
甥は切られた花だけでなく、
残された花を自分の過去と重ね合わせていました。
誰もがうまくいくように願う考えを持っています。
この子の気持ちがどこまでも伸びるように願いました。
甥の気持ちが長所になる社会を、と。
以前にも書きましたが、
純粋な心は子どもの方が勝ると思っています。
子どもから、
初心に帰る大切さを教えられました。
元新聞記者、テレビ局デスク
メディアコンサルタント・荒川岳志
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