全国の城郭建造物「御殿(居館)シリーズ」をお届けしています。

 

御殿については、「はじめに」の中で、軽く触れましたのでどうぞご覧ください。

 

全国「御殿」を巡る”はじめに” ↓

 

今回は、「五稜郭(箱館奉行所)」の木造復元「奉行所庁舎」をお届けします。幕府の機関である「奉行所」ですので藩主や城主は居ませんが、「箱館奉行」がそれに相当すると思います。その「奉行」の生活の場と業務を行う庁舎は、お城や陣屋の「御殿や藩庁」の様な造りをしていますので今回ご紹介します。

 

本来は北海道からスタートすべきでしたが、失念していましたので3番目になりました。

 

五稜郭(箱館奉行所)」(北海道函館市

江戸時代、「蝦夷地(北海道)」は「松前藩」以外は「幕府直轄地」であったことから、幕府は18世紀末から1850年頃にかけて海外防備や開港に伴う外交交渉等の蝦夷地統治を行う「箱館奉行所」を置いたり、東北諸藩に海外防備のための「出張陣屋」を設けさせたりしていました。

 

その「箱館奉行所」は、元々は「箱館山」の麓に置かれていましたが、対外政策として「五稜郭」を築城し、1866年に完成し移設しました。しかしその約2年後に「江戸幕府」が崩壊しました。

 

「箱館山」の麓に置かれていた当時の「箱館奉行所」 ↓

現在の「五稜郭」中央に見えるのが復元「箱館奉行所」 ↓


暫くは新政府軍の「箱館府」が置かれていましたが、1868年に「榎本武揚」率いる旧幕府軍によって占領されます。

 

しかし、「松前城」が新政府軍に攻められ、更に1869年5月に新政府軍による「五稜郭」総攻撃の通告があったことで、「榎本武揚」は降伏して新政府軍に引渡されました。

 

 

 

現在、「五稜郭(箱館奉行所)」内では2010年に木造復元された「箱館奉行所」が見られます。当時の全ての「奉行所」建造物の復元ではありませんが、「表向き」のエリアだけになっています。

 

復元されている「奉行所」はオレンジ色部分(上が北方向) ↓

木造復元「箱館奉行所」(「五稜郭タワー」から) ↓

木造復元「箱館奉行所」(南西方向から) ↓

木造復元「箱館奉行所」(北西方向から) ↓

 

「表向き」の「玄関式台」(南側)と「内玄関式台」(北側)の二カ所の玄関の式台が立派に並んでいて前者は「佐賀城本丸御殿」のように「入母屋屋根」とその下に「庇屋根」の二重構造となっています。また、後者は剥(むくり)屋根風の「切妻屋根」と庇屋根を設けてこちらも格式ある玄関になっています。

 

木造復元「箱館奉行所」の「玄関式台」(右側)と「内玄関式台」(左側) ↓

木造復元「箱館奉行所」の「玄関式台」(入母屋屋根と庇屋根) ↓

木造復元「箱館奉行所」の「内玄関式台」(剥屋根数の切妻屋根と庇屋根) ↓

 

「玄関」に入ると「使者の間」があり、そこから二本の畳廊下が延びていて「四の間」から「壱の間」が4部屋続いて「大広間」となっています。

 

「使者の間」 ↓

「四の間」から「壱の間」方向と欄間 ↓

「四の間」から「壱の間」の間の縁側(内側は「畳廊下」が見える) ↓

 

「壱の間」は、「奉行」が政務を執っていた間で「床の間」と「違い棚」を備えた「書院造り」となっていて、お城の「上段の間」や「上の間」に相当するような部屋になっています。

 

書院造りの「壱の間」 ↓

「表座敷」(箱館奉行が通常執務をしていた間) ↓

 

「内玄関式台」(北側)側の方へ渡る「畳廊下」の途中には「太鼓楼」へ上がる階段が設けられています。

 

「内玄関式台」(北側)側の方へ渡る「畳廊下」 ↓

「太鼓楼」へ上がる階段の裏側 ↓

「太鼓楼」内の「太鼓」 ↓

「太鼓楼」 ↓

「太鼓楼」 ↓

 

その階段の裏側(東側)には「中庭」が設けられ「壱の間」~「四の間」ゾーンとは「中庭」によって北側の畳廊下沿いの「各役職の間」ゾーンとは分かれていまます。

 

「中庭」 ↓

東側の畳廊下から見た「中庭」越しの「太鼓楼」 ↓

 

北側の「内玄関式台」の脇には「足軽詰所」「同心詰所」が置かれ、真直ぐ東側に延びる「畳廊下」沿いに「同心使役詰所」「定約元締・定約手附」「御役所調役」等の役職が執務を行う部屋が並びます。

 

「同心使役詰所」「定役元締」「御役所調役」の部屋前の畳廊下 ↓

「小屋組」になっている天井部(御役所調役の部屋) ↓

「用場小用所清所」 ↓

 

「表向き」ゾーンは、上記のゾーンよりまだ北側に「中庭」を挟んで各役職の部屋が拡がっていましたし、更に東側には「奥向き」ゾーンがあって「奉行」の私的空間や家族の部屋や女中部屋等もありましたが、現在では復元はされていません。

 

北側から見る(手前には「中庭」を挟んで各役職の部屋が拡がっていた) ↓

北側から見る(手前には「中庭」を挟んで各役職の部屋が拡がっていた) ↓

南側から見る(手前には「奥向き」ゾーンが拡がっていた) ↓

 

 

 

 

 

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