「高取城」(奈良県高市郡高取町)の「最終編」です。
前編 https://hama-sush-jp.pro/highhillhide/entry-12581714625.html
中編 https://hama-sush-jp.pro/highhillhide/entry-12581853085.html
後編 https://hama-sush-jp.pro/highhillhide/entry-12582119150.html
土佐街道の入口付近に掲出されていたCGによる「高取城」
再び「ニノ門」跡まで13分かけて戻り、そこからどんどん坂道をくだります。その坂道は「一升坂」と言われていて、築城時に麓から「二ノ門」手前までの長い直線の登城路を人夫が石材を運ぶ際に、あまりにも人夫の負担が大きいので米1升を加増したことから「一升坂」と命名されたといいます。
「一升坂」(大手道)
更に、その下には七か所のクネリ道「七曲り」もあります。「ニノ門」跡までだけでなくて、「本丸」跡や「ニノ丸」跡のあの膨大な数の石材を当時の人はどのようにして運び、どのようにして積上げたのかは想像を絶します。
「七曲り」
「七曲り」を過ぎてやっとなだらかな道に達した所にも「別所郭」と呼ばれる広い敷地の郭があり、手前には郭内の入口を担っていた「黒門」跡があります。現在は石垣が少し見ることができます。
「別所郭」跡
「黒門」跡
「黒門」跡(この辺りになるとなだらかな道)
この「黒門」の城側が「郭内(かくない)」と呼ばれています。そこから少し出た所で元々は「下屋敷」跡だった場所に「植村家」菩提寺の「宗泉寺」が建っています。こちらには、「植村家」藩主の墓所となっていて各藩主のお墓が並びます。
「宗泉寺」入口付近にある石垣(これも「別所郭」跡かな?)
植村家菩提寺「宗泉寺」
「宗泉寺」内の「植村家墓所」
「宗泉寺」内の「植村家墓所」
「砂防公園」まで下りてくると一気に民家が沢山並びます。その右手にあるお宅には「高取城」の「火薬庫」であった建造物が納屋として使用されていて土壁が目立ちます。砂防公園からの坂道から望遠で写真を撮らせていただきました。
「高取城」内にあった「火薬庫」(現在は民家の納屋として再利用)
「高取城」内にあった「火薬庫」(現在は民家の納屋として再利用)
「高取城」内にあった「火薬庫」(この写真は以前撮ったもの)
周囲を田畑が拡がる道を下って行くと旧土佐街道の入口付近に、「高取城のありし日の姿」というCGが掲出されています。それを見ると、往時の山全体が城郭建造物で雪のように真っ白に見えたのではないかと思いました。
「高取城のありし日の姿」のCG(土佐街道入口付近に掲出)
その辺り左側には段々となった農地が拡がっていましたが、そこが「下屋敷」跡ということと、「総門」があってその脇に続く「土塀」が現存していることを帰宅後に「散策マップ」で知ることとなり、写真を撮り忘れたことを悔やみました。以前に「下屋敷」跡を撮った写真がありましたので、それを掲出しておきます。
「下屋敷」跡(この写真は以前撮ったもの)
右手には、白さと海鼠壁の美しさが際立った「植村家長屋門」が建っています。この門は県文化財に指定されていて、元々は藩家老の「中谷家」の長屋門だったそうですが、現在は旧藩主「植村家」の住居となっているそうです。
「植村家長屋門」
「植村家長屋門」
この辺りから、城下町の風情が残るエリアで、近くには「田塩家長屋門」も並んでいます。こちらの長屋門は、下見板張りで、上部の白壁には監視と防御を兼ねた「出格子窓」と「与力窓」が備え付けられています。
「田塩家長屋門」
「土佐街道」は約2㎞の街並みが続き、格子戸、虫籠窓、蔵を持った屋敷や町家が並んでいるので、江戸時代の風情を存分に味わうことができます。その中心地となるのが、呉服商だった建物を改装して造られた観光の拠点「夢創館(むそうかん)」で、中には「高取城」の古写真3シーンが掲出されていました。
観光の拠点「夢創館(むそうかん)」
土佐街道沿いの町家や蔵
土佐街道沿いの町家や蔵
土佐街道沿いの町家や蔵
土佐街道沿いの町家や蔵
城下で「高取城」に関連する建造物がいくつかありますが、「児童公園」に移築された「松ノ門」の一部、こちらは廃城後に「土佐小学校」に移築されていましたが火事で一部を焼失し、近年残った部分を復元させて当公園入口に使用されたとのことです。
旧「松ノ門」の一部を再利用した児童公園の入口門
次に街道沿いの「石川医院」の長屋門は、藩主「下屋敷」の「表門」だったそうで、病院の門とは思えないぐらいの立派な門です。
藩主「下屋敷表門」だった門を「石川医院の表門に再利用(少し改変されているとか)
藩主「下屋敷表門」だった「石川医院の表門」
藩主「下屋敷表門」だった「石川医院の表門」
街道から少し反れますが「子嶋寺」の「表門」には、「ニノ門」が移築されています。非常に立派な薬医門形式の門で、通常の鏡柱と控柱の位置関係は「||」で建ちますが、当門は控柱が鏡柱より外へ大きく開く「ハ」の字になっています。
旧「ニノ門」を「子嶋寺山門」に再利用
旧「ニノ門」を「子嶋寺山門」に再利用(控柱を大きくずらしている)
城下では3月1日~31日の間に、「町家の雛めぐりと壺阪寺大雛曼荼羅」を実施して90軒の家で雛人形が飾られる予定でしたが、「新型コロナウイルス」の影響で開催が3月15日からに後ズレしたとのこと、既に所々雛人形が飾られている所もありましたので、最後に「お雛さん」の写真で締めくくりたいと思います。
※「町家の雛めぐり」は中止になったようです。
「町家の雛めぐりと壺阪寺大雛曼荼羅」のポスター
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