「高取城」(奈良県高市郡高取町)の「後編」です。

 

前編 https://hama-sush-jp.pro/highhillhide/entry-12581714625.html

中編 https://hama-sush-jp.pro/highhillhide/entry-12581853085.html

 

「ニノ門」跡から左に延びる石垣

 

「本丸」跡を「本丸下の段」跡が取巻いています。東北隅の少し広い敷地端には「十万櫓」と「門」跡があり「井戸郭」にも繋がっています。更に、「本丸下の段」跡の南東隅には「辰巳櫓」跡が、南西隅は「未申櫓」台が残ります。

 

本丸下の段「十万櫓」跡

本丸下の段「辰巳櫓」跡

本丸下の段「未申櫓」跡

 

一度「大手門」跡に戻り、「城代屋敷」前の北側突き当りには、高さはそんなには高くないですが、城内の入口を護る「千早門」跡が枡形を形成しています。

 

「千早門」跡

「千早門」跡

 

ここで、「吉野方面」へ向かう道と、「高取城下方面」及び「明日香方面」に向かう道の分岐点となります。まずは、「吉野方面」への道へ進みます。

 

「千早門」跡から少し坂道を下っていく右手には、「井戸」が二つある「井戸郭」となっていてこの辺りも水源地として利用されています。井戸を覗き込むと中が「石積み」となっているのが良く解ります。

 

「井戸郭」内の井戸(石組みが見える)

 

この郭は、「ニノ丸」跡や「本丸」跡北側の真下となるので、急な斜面の石垣が続きます。

 

「井戸郭」の「ニノ丸」跡・「本丸」跡真下側の石垣

 

少し隘路になった場所が「喰違門」跡ですが、僅かな石垣が残るだけですが、そこから東側にかけた広大の敷地には「侍屋敷」が拡がっていたようで居住できるように「井戸」も備わっています。この辺りにも、瓦があちらこちらに散乱しています。

 

広大な侍屋敷跡と井戸跡(右端)

ここでも瓦の破片が散乱

「喰違門」跡

 

引続き「本丸」跡側、高石垣が繋がっていますが、「吉野口門」跡手前には、「竪堀」が「石垣」を伴いながら崖下から「本丸」跡側に向かってまるで「登り石垣」のように繋がっている「竪石垣」がありました。

 

「本丸」跡下側の高石垣

「竪石垣」

道を挟んで「竪石垣」が上へ繋がる

「竪堀」と「竪石垣」

「吉野口門」跡

 

私はそこが「弥勒堀切」だと思って写真を撮りましたが、それは「吉野口門」跡からもう少し先に位置していたらしく、近世城郭にした時に普通の土の「堀切」を石垣で固めたという珍し仕掛けだったようで、見れずに帰り残念でした。

 

「千早門」跡に戻り、いよいよ「高取城下方面」への下山です。右手には「三ノ丸侍屋敷」跡の敷地があり「宇陀門」跡に辿り着きます。「宇陀門」跡の石垣も立派で右手に折れる枡形を形成します。

 

「宇陀門」跡

「宇陀門」跡

 

ここからどんどん下る坂道となっていますが、各所に設けられた「門」は全て立派な石垣を設けていて城下からの守りを固めているのが良く理解できます。

 

「宇陀門」跡の次に現われるのが「松ノ門」跡です。こちらは、両側にも石垣が延びていて、特に下り道の右手には「侍屋敷」が置かれた郭がありその石垣が際立っていますし、その北側端には「武具櫓」が設けられていたようです。

 

「松ノ門」跡

「松ノ門」跡

「松ノ門」脇の侍屋敷敷地を支える石垣

 

「松ノ門」は、廃城時には城下の「土佐小学校」に移築されていましたが、昭和19年の火災で一部焼失しましたが、残存部が近年に「児童公園」に復元されています。

 

「松ノ門」の残存部が移築されている「児童公園」

 

坂道をどんどん下りる左側沿いには、段々に「侍屋敷」跡の石垣を見ながら進み、「矢場門」跡に辿り着きます。

 

「矢場門」跡

「矢場門」跡

 

「矢場門」跡から左手に入る道がありますが、その先には二重の「国見櫓」が建っていた郭があります。櫓台からは、名前に相応しく「大和国」を一望できる素晴らしい場所となっていて、現在でも「奈良盆地」「生駒山系」から「信貴山・髙安山」「二上山」が良く見渡せる絶好の遠望地となっています。

 

「国見櫓」台

「国見櫓」が建った郭

「国見櫓」台からの遠望(少し高い所が生駒山、その手前が奈良盆地)

 

「矢場門」跡まで戻り、下っていく途中にも「侍屋敷」跡の石垣が続き「三ノ門」跡から右手に曲がった所に「ニノ門」跡が構えます。

 

侍屋敷の石垣

侍屋敷の石垣

「三ノ門」跡

 

「ニノ門」跡は、両側にも石垣を積み上げかなり堅固な造りとなっている上に、その前には、山城としては非常に珍しいそこそこの大きさの「水堀」が横たわっています。 

 

「ニノ門」跡

「ニノ門」跡から延びる石垣

「ニノ門」(現在は、城下の「子嶋寺」山門に移築)

「ニの門」前の「水堀」

 

また、この地点では、「高取城下方面」への道と「明日香方面」への道の分岐点となっていて、そこには、「猿石」と呼ばれる石造物が置かれています。「猿石」は、「明日香村」にもあるそうで、築城の際に石材として持ち込まれたけれども、使用されずに放置されたのではないかと言

われています。

 

「猿石」

 

私は、「明日香方面」の先にある「横垣郭」と「岡口門」跡を見るべく、どんどん前進しました。途中右手には「石垣」が積まれた敷地が何か所かありましたが「岡口門」らしきものが13分間進んだにも拘わらず見つけることが出来ず、敢え無く引き返すことにしました。

 

「横垣郭」の石垣か?

 

もう少し地図を詳細に調べて行けば良かったのですが、途中の石垣がある敷地は「横垣郭」跡だと納得しましたが、「岡口門」跡に辿り着けなかったのが、これまた残念で仕方がありませんでした。

 

「横垣郭」の石垣か?

 

次回「最終編」では、「一升坂」を下り「黒門」から城下へ入って行きます。

 

下記バナーのクリックをよろしくお願いいたします。

 


お城巡りランキング