沖縄戦 | ひふみ塾 世回りブログ

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平和祈念公園




沖縄戦は1945年3月26日から始まり、主な戦闘は沖縄本島で行われ、組織的な戦闘は6月20日開始6月23日に終了しました。
アメリカ軍の目的は日本本土攻略のためのマリアナの基地と共同体制をとれる対日本本土爆撃のための航空基地確保と日本本土進攻の補給基地の確保でした。
日本軍の目的は、大本営がアメリカ軍に大打撃を与えて戦争継続を断念させる決戦を志向したのに対し、現地の第32軍司令部は当時想定されていた本土決戦に向けた時間稼ぎの「捨石作戦」(持久戦)を意図するという不統一な状況でした。
第32軍はサイパンの戦いなどで失敗した水際防御を避け、ペリリューの戦い・硫黄島の戦いで行われた内陸部に誘い込んでの持久戦を基本方針として戦い、特に首里北方で激戦となりました。
海上では大本営の決戦構想に基づき特別攻撃隊を中心とした日本軍航空部隊が攻撃を繰り返し、戦艦「大和」などの日本海軍残存艦隊による「沖縄特攻」も行われたのです。



房総の平和祈念搭




ここから赤ん坊を抱いたまま飛び降りたお母さんもいたそうです…



旧海軍司令部壕










ひめゆりの搭





県立第一高等女学校と沖縄師範学校女子部の生徒や教師240人です。
教師などを目指し学んでいた15歳から19歳の女学生たち。
123人が命を落としました。



ひめゆり学徒隊が送り込まれたのは、住民を巻き込んだ大規模戦闘の最前線でした。
医薬品や食料が不足する中、学徒たちは負傷兵の看護に当たりました。
しかし、最後は軍から解散を命じられ、戦場に投げ出されました。
半数以上が犠牲となりました。



こんなに綺麗な島でまさに地獄のような戦争があったことを絶対に忘れてはなりません。

そして二度と戦争をおこしてはなりません。