普段神社に参拝するときは何もお願い事をせずに感謝の気持ちをもって無心で御参りしますが今日ばかりは神頼み…
まずは鹿島神宮に参拝
さざれ石
ん~閉じ込められた鹿がかわいそうでした…
香取神宮参拝
鹿島神宮と香取神宮はペアで関東の東を護る、地域全体の守護神です。
霞ヶ浦・北浦・利根川の水の流れがパワーの源泉になっており、千葉県最強の霊力を持っています。
下総国(千葉県北部)生まれ/在住の方は、どんな願いもまずはここから参拝・祈願しましょう。
「神宮」と名のつく神社は今ではいくつもありますが、平安時代から伊勢の他に神宮と呼ばれたのは、鹿島神宮と香取神宮だけ。
別格の格式を持ちます。
また、古くは両神宮ともに、大和朝廷の東国・東北開拓の前線守護の役割でした。
そして、両神宮にある「要石」。
鹿島神宮の「要石」
香取神宮の「要石」のふたつ存在しています。
このふたつの神社は20㎞近く離れているのですが、にもかかわらず、それぞれの要石は関連があるといわれています。
どちらの要石もぱっと見ただけではそれとわからないほど小さいものであり、囲いや説明がなかったならば見逃してしまうほどですが、
伝説によると本体はとても巨大であるといわれています。
江戸時代に「水戸黄門」で有名な「徳川光圀」が、本当に巨大なのかを確かめるために、人を使って七日七晩、要石のまわりを掘らせたところ、どこまで掘っても底が現れることがなかったのだそうです。
このことから、鹿島神宮と香取神宮の要石は地下で繋がっているのではないか、ともいわれています。
ちなみに、このふたつの神社ですが、どちらも非常に古い神社であり、伊勢神宮と同じように、皇室から深い崇敬を受けていることでも知られています。
なぜ、それだけ深い崇敬を受けたのかというと、
鹿島神宮も香取神宮もどちらも『古事記』で有名
な武神を祀っているからなのです。
鹿島神宮の「建御雷神」も、香取神宮の「経津主神」も稲妻や刀といった強い力の象徴とされていました。
こうしたこともあり、要石は二柱の神が地面に打ち下ろした剣であり、それによって地震を起こす「大ナマズ」の頭と尻尾を抑えているといわれています。
しかしながら、地震とナマズが関連づけられたのは、江戸時代ごろからといわれており、「安政の大地震」によって大きな被害を受けた江戸の人々が、次はこのような地震がこないようにと祈って作った縁起物である「鯰絵」によって、一躍有名になったのです。
本来の要石は、神様が降りたとされる「磐座」だったという説もありますが、ナマズで有名になる前から、地震とは関連づけられていたともいわれています。
その頃は、「地震蟲」などと呼ばれる龍のような形をしたものを抑えているとされていました。
龍といえば、風水でエネルギーの流れを「龍脈」と呼ぶように、大地のエネルギーを龍に見立てるという思想がありますので、もしかしたら、要石というのは古代の人が設置した、大地のエネルギーを制御するためのシステムなのかもしれません。
今でも、日本の大地を守護している要石。最後にその要石から守護を受けるための方法を紹介しましょう。
「揺ぐともよもや抜けじの要石、鹿島の神のあらん限りは」
という歌を、紙に書いて、3回詠んでから、自宅の門に貼り付けることで地震の害から逃れられるのです。
耐震については、世界有数の技術をもつ日本ですが、このような古来から伝わる伝統もいかして、もしもの時の地震に備えておくというのもいいかもしれません。
鹿島神宮、香取神宮は他にも不思議な繋がりがありますが又の機会に。。。











