〈神道の心を伝えるより転載〉
戦後、荒れ果てた皇居を少しでも元の姿に戻したいと宮城県の若者が立ち上がって始まった皇居勤労奉仕。
それから70年、途切れることなく続いている。
今回はじめての参加になった皇居勤労奉仕
奉仕の最後には天皇皇后両陛下の御会釈を賜ると言うことで緊張感が高まっていた。
しかし、皇居勤労奉仕が始まる前日、天皇陛下が風邪の症状が出たと言うことで公務が中止になり、
さらに、昨日皇后陛下まで発熱が出たとあり、今朝のニュースでも報道され今回の御会釈は絶望的だった。
昨日も皇太子が公務ということで御会釈が叶うことが出来なかった。
これも、何かの意味があるのか…
また来いと言う事なのか…
午後の奉仕が済み、御会釈の時間
会場へと向い代理の方から賜り物を頂く為の儀式を待っていた。
そこに一台の黒い車が…
なんと天皇陛下、さらに発熱が出たとニュースで流れた皇后陛下まで乗っているではないか…
その瞬間、目頭が熱くなり、湧き出る涙を堪える事が出来なかった。
それは私だけではなく、200人近くいる皆んなが同じ気持ちだったのであろう。
会場のあちらこちらで、すすり泣く音が聞こえてくる。
まるで生き別れになった両親に、初めて出会ったかのように…
この涙はなんなのか?
悲しみの涙、喜びの涙、苦しみの涙、怒りの涙
涙には色んな種類がある。
しかし、この涙はそれのどれにも当てはまらない。
考えて見て欲しい。
町内会の清掃活動でその町の町長、もしくは市長がわざわざ挨拶に来るだろうか?
私達が行っていることはそれ位の事に過ぎない。
それなのに体調を押してまで、私達の待つ場所に訪れたのだ。
その気遣い、そのお姿に圧倒され、気づけば皆、泣いていた。
私達が生活する会社や組織のリーダーにこれ程気遣われるリーダーがいるだろうか?
また、皇居には沢山の動物が住んでいる。
その中で狸の生態系を調べ、イチョウの実を食べている事が分かると、その季節にはその場所を避け、別の道を移動するそうだ。
また、鳥の隠れ場所として手前の雑草だけを取り除き、奥の長い雑草はそのままにする様にとお願いしたという。
また、皇太子の住まいである東宮御所のお庭の掃除をさせて頂いたが、これがこの国を統治する者の暮らしなのかと言うほど質素な佇まいだった。
それを目の当たりにした後の御会釈
涙が出ない訳はない。
そのお姿が私達のお手本となり、その源流が私達の住む下流まで行き渡り、こんな素晴らしい日本の今があるのである。
ただ今に生きる。
日本神道の源流がここにあった。
幸食研究所 ひふみ塾
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