
〈神道の心を伝えるより転載〉
私達は何をもって子供の成長を図るだろう?
成績が良くなった。スポーツが出来る。身体が大きくなった。
確かにこれらも成長の一部であるが、親が子に願う成長とはこの様なことではなく【道徳心】が身についた時ではないのだろうか?
裏を返せば、子育てで悩んでいる親の悩みも、この【道徳心】である。
では、私達は本当に道徳的に生きているだろうか?
『ありがとう、すみません、よろしくお願いします』
この様な言葉は日常的に使っているかもしれない。
しかし、靴を揃える。部屋を片付ける。扉を閉める。
これらが出来てないのに道徳を語るのは…
そう思っている人も少なくはないだろう。
では聞きますが、この様な人には道徳心が備わっていないと思いますか?
逆に言うと靴を揃え、部屋を片付け、扉をきちんと締める人でも、『ありがとう、すみません、よろしくお願いします』と言えない人がいます。
つまり、大切なことは【道徳】に【心】が付いた【道徳心】がある事です。
これは、ありがとうと言う挨拶を使っても、その心が備わっていなければ、それはただの言葉に過ぎないのと同じ事が言えます。
確かにこれらは教えられれば身につくものです。
しかし、心は教えられても身につくものではありません。
本当にそう思わなければ身に付かないのです。
この心が備わっていれば、何か大きな決断を問われた時、間違った判断を下さず答えを出すことが出来ます。
【損得】で判断するのか?
【道徳心】で判断するのか?
私達日本人には、この【道徳心】が奥深く根付いています。
思い起こせば気づくはずです。
これまで、どれだけ道徳心をもって決断を下してきたかを…
これが私たち日本人なのです。
幸食研究所 ひふみ塾
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