『伊勢と出雲のご結婚は、和合文明の合図』
高円宮妃久子殿下の次女、典子女王殿下と出雲大社(島根県出雲市)の権宮司、千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(41)の結婚式が5日午前11時すぎから出雲大社で執り行われ、同55分ごろに滞りなく終了した。式終了後、お二人が新婚生活を送る出雲市の市役所に代理の宮内庁職員らが婚姻届を提出されたようです。
神話の時代から続く伊勢と出雲の物語。
日本神話の神々は、高天原という天界にいる「天津神(あまつかみ)」と、もともと地上(日本列島)にいた「国津神(くにつかみ)」に分けられます。
高天原という天界から、天照大神の子孫が地上に降りてきて(天孫降臨)、日本を統治するようになったということになっており、それ以前は、土着の神々が日本を統治していて、とくに大国主は大きな存在でしたが、高天原からやってきた神に、国を譲ったのです(国譲り神話)。
大国主は、国を譲る代わりに、じぶんのためにりっぱな社殿を建ててほしいという条件をつけました。天からやってきた神は、この条件をのんで巨大な社殿を建てました。これが出雲大社です。
国津神が日本を譲ったので、高天原から瓊瓊杵尊(ににぎのみこと。天照大神の孫)が降りてきます。この瓊瓊杵尊のひ孫が初代・神武天皇となりました。
皇室では、ご先祖である天照大神を、皇居のなかでお祀りしてしていましたが、「ひとつ屋根のしたに神と人がともに暮らすのはよくない」ということで、10代・崇神天皇のときに皇居のそとにお祀りすることにしました。これが伊勢神宮の起源と言われています。
日本神話上ではこのように伝えられていますが、大陸より渡来した天孫族と、土着の出雲族の争いだった。
争いの上、勝者と敗者にわかれ、国を治める統治権が変わるという事は、敗者には様々な想いが残される事となる。
出雲系と伊勢系の二大潮流は、長い歴史の中で、時の流れで多少は薄れたとはいえ、ずっと対立・相克の関係にありました。
それが去年行われたダブル遷宮によって和合の雛形となった。
伊勢神宮は20年に一度、出雲大社は約60年に一度、建て替えをし、神様の住む家を整えなおします。
20年と60年に一度の立て替えが遷宮ですので、理論上は60年に一度遷宮が重なりますが、今まで遷宮が同じ年に行われる事はありませんでした。
あの大東亜戦争により、出雲の遷宮が4年ほどずれた為、2013年に両遷宮が重なり、それは神仕組みだとも言われていました。
この二大潮流の対立により、世が乱れ、争い・対立が続く時代でしたが、伊勢と出雲の和合により、社会の和合が始まる。
それが今回の結婚の儀により、現実的に伊勢と出雲が結ばれました。
国産み神話では仰せつかったイザナギ様、イザナミ様が世界の雛形である日本を御造りになられました。
その後両神が天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、素戔鳴命(すさのおのみこと)の三神を生みます。
そしてイザナミ(女神)は火の神を生んだところでその火に焼かれて死んでしまいます。
イザナギ(男神)は、妻を慕って黄泉の国に行き、腐れ果てた妻の姿を「見るな」の タブ-を破って見てしまったことにより、動転して逃げ出します。その際、イザナミ はイザナギを恨んで、黄泉醜女(よみのしこめ)という追っ手を使わして逃げる夫を 捕まえようとします。
これに対してイザナギ様は、岩戸で入り口を閉じ、人間界に帰り、一人でその後の神々様をお産みになられた。
これが国生み神話の物語で、ここから女性性が失われ、男性性優位の時代となった。
男性的社会は合理的で支配的、経済重視や争いや競争が繰り広げられてきた。
伊勢と出雲の対立も重なってくる。
しかし、その国産み神話には続きがあると日月神示にはあります。
イザナギ・イザナミ両神は、閉じた岩戸の前で、互いに「時節が来たら、この岩戸をともに開こう」と誓い合ったのです。
そして数千年の時を超えて、その時節が今まさに到来していると言います。
今回の典子殿下と千家国麿さんのご結婚は、伊勢と出雲の和合の現実的な雛形と、男女和合を表すイザナギ・イザナミ両神の和合の雛形なのかも知れません。
これから始まる新しい社会とは、和合文明とも呼ばれていますが、まさに世界の雛形である日本が和合をする事により、世界の和合が始まるのかも知れません。
その意味では今回のご結婚は、歴史上とても大きな出来事でもあるのです。
その奇跡的な時代に生きる私達は、何か大きな意味と役割があるようです。
日月神示には、「いま一苦労あるが、この苦労は身魂を磨いておらぬと越せぬ、この世始まって二度とない苦労である。」とあり、その和合文明に始まりには、生みの苦しみとも呼べる、大きな困難が予想されます。
それを日本人の目覚めとともに、私達が乗り越え、世界に先駆ける和合社会を創って行かなければならないようです。
今回の結婚の儀の当日は、出雲大社は台風の進路近くとなるため、雨の心配がされていましたが、どういうわけか天気がもち、滞りなく終わりました。
これには何がしかの力が働き、「神の力」などとも言われているようです。
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