夜這い | ひふみ塾 世回りブログ

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村八分と並び、かつての農村の掟としてよく語られるのが「夜這いの風習」だろう。

 各地方の夜這いの取材を続けてきたフリーライターの石川清氏は言う。

 「伝統的な夜這いは、私が知っている限り、岡山などで昭和50年代まで残っていたのが ほぼ最後でしょう。日本では今ではほとんどみられなくなりましたが、昔は『性教育』、 『相互扶助』『ハレ(欲求やストレスの発散)』のため、村の生活システムに組み込まれて いたものが少なくありません」

  例えば九州北部のある集落では、元旦の除夜の鐘が鳴り終わる頃に、老人、若者、 子供が裸で神社の境内に集い、年に一度の“性の無礼講”に発展することも多かったという。 

また別の集落では、神社の祭りの日に近所の男女が行き合って、知る知らぬにかかわらず、 情を通じ合ったとか。
なかには新聞沙汰になったケースもあり、戦後しばらくこの風習は続いたという。

 「本州の太平洋側や沖縄などでは、女性が15、16歳になると、村の男の夜這いを受けやすく するため、家の表に面した部屋にわざわざ住まわせた地域があった。
また中国地方では、 初潮を迎えた娘の初めての性の相手として、裕福で人望の厚い年配の男性に手ほどきして もらう慣習もあった。
紀州では、娘が13、14歳になると 、年配者に頼んで
“女にしてもらう”
、 一種の性教育の慣習があった。
この時、娘の親がお礼に相手となった老人へ米と酒と桃色 のふんどしを贈ったそうです」 

一方で、飢饉のときには、娘や妻を食糧と引き換えに、村内の人間等に差し出す風習も 近年まであったのでは、と石川氏は言う。

 「中国地方や北関東、信州などの山間の村はずれには『助平屋敷(岡山)』という、博奕や 酒食を手軽に楽しむ場所があり、自分の女房や娘までも博奕のカタにして、負けた相手の 女房らを屋敷裏に連れだして手軽に性欲を満たす習慣も昭和初期までありました」

  現在では考えられない風習が、かつての日本には存在したのだ。 





結論的にいえば、当時の若者・娘が性について乱脈という訳ではなく、村落共同体のなかの一定のルールに従って性を楽しんでいたのです。

今の若い人たちが、夜這いはありませんが形を変えて今風に性を楽しんでいるのと同じです。(ブータンには今も夜這いの風習があるそうです)

おおらかだったかと問われれば、おおらかだったでしょう。

現代のように、ふられたからといって相手を刃物で刺し殺したり、ストーカーも無かったのだから・・・



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