自分であろうとすると
いつもケチをつけられた

認められたくて頑張って
あちこちに気を配りヘトヘトなのに
誰も褒めるどころか
気にも止めない
わがままな注文ばかりが増えていく

育ってきた家のきちんとしたやり方ではなく
結婚した相手の家ののんきなやり方に
心ならずも従い

それでも、あなたの夫の家族は口数が多くて
なんだかいつも否定された気分

多勢に無勢ではあるけれど
自分への文句や批判を封じ込めようと躍起になり
結果、自分らしさがわからなくなってしまった

今や自分らしさなのか
ただのわがままなのか
区別がつかない

素直ってどんな感じだったっけ?
私ってどんな風に感じる人だったかな?

文句や批判に耳を傾け過ぎて
自分がどうしたいのか
なにが好きだったのか
そもそもなんでこの人と結婚したのか
そんなこともわからない

この人たちにとって私っていったい??
他人のことばかりあれこれ考えて
自分の心から離れていたから
自分の気持ちがいつもさみしさの塊

神さまならばきっと自分のことをわかってくれる…
そう思ったんだよね

神さまはあなたを助けてくれたのですか?
神さまはあなたを幸せにしてくれましたか?

そうならいいんだけれど…

周りの人を自分にとって
(都合の)良い人、そうでない人と分けるのはやめたほうがいいんじゃないかな

自分の見方だけがいつも正しくて
他人の見方に何かとケチをつけるのは
いつかの誰かと同じで愚かなこと

認めることだけが自分を救う
私もあなたも弱い人間

誰かをおとしめても
自分が良くなることはない

誰かを認めても
自分がダメになるわけじゃない

私は私で
あなたはあなた
違うけれど
どちらか一方がいつも正しくて
どちらか一方がいつも間違ってることはない

正しいより楽しい考え方を探してみよう
違うことは悪いことじゃない
いろいろな考え方があるってだけのこと

自然が大好きだって言ってたよね
樹々や草原の緑に癒されると言ってたあなたなら
どの葉っぱの緑が一番良い緑で
どの草の緑が一番立派だなんて
言わないでしょう

それぞれ違う
それだけのこと

神さまだって
きっと言うと思うんだ

私にとっては
誰もがみんな同じ命だと

相手を否定することは
神さまを否定することかもしれない

ま、私はクリスチャンじゃないから
あなたの神さまのことはよく知らないけどね

もう疲れたと言ってたね
もういいって。
わざわざ電話で言うのは
ホントは良くないってコトだよ

素直になれるといいよね
もっと私を大事にしてほしいって
言えたらいいかもしれない

でもね
人は自分を大事にしてる人しか
大事にできないらしい

てことは
あなたがあなたを大事にすればいいんだ
あなたを幸せにするのは
あなたしかいない

あなたがあなたを受け入れて
あなたがあなたを好きになる

たぶんそれだけで
あなたの世界は変わる

そのために私はあなたと
アートプログラムをやりたいと思う

絵を描くなんて苦手だし
なんで今さら??なんて言ってないで
一緒にやってみて!!

きっとものの10分で
なんだか楽しくなってくる

そして30分後には
私もまんざらじゃないな〜なんて
ニヤニヤしてくると私は思ってる

ずっと前に忘れてしまった自分を認める気持ちがむくむく湧いてきて
なんだか自分が好きになってしまう

私はそんなあなたが今から
楽しみでならない