(#`皿´)う~ん・・・・・
スマホが、ブッ壊れて、また保存記事が、消し飛んだので、書かなくてもちょうどいいや♪と思ってたのに、神、うっせぇ😥!。しかも超ややこしくってじゃんくせぇ😫🌀🌀🌀
おまけに、本来の私の説まで、ひっくり返りかねない。
(`皿´ :)…ま、仕方ねぇか。。。。。
《前方後円墳》は【天円地方墳】とするのが、本来は理想的だとする自説ですが、実は、もうひとつ呼称が存在した可能性があるのです。これを書けば自説が揺らぐので、今まで書かなかったのですが、神は、それも追加しておけと言う(笑)。
ま……揺らぎはしないのですけどね😊。
当時は、現在のように情報網が発達してはいませんでしたから、物の呼び名も、地方によって、さまざまだったのは当たり前でもありますよね。現代でも方言によっても呼称は違いますし、まったく違う名称だったりもしますもんね。
【茶臼山古墳】で検索すると、日本中に、そうとう多くの茶臼山が存在します。
私は、かねてから「茶臼山とは前方後円墳の事だ」と気づいてはいました。
※先に申し上げておきますが、あくまでも前方後円墳は【天円地方墳】だとは思っています。
話がややこしいのと、混乱を招くので黙っていたのです。
《茶臼山古墳》は、ご覧の通り、どれもが前方後円墳です(ま…便宜上、前方後円墳という名称で話は進めるが、さっさと改名せぇ🤣!)。
つまり、物の名称が、その物:現物の形からの命名であるのならば、《前方後円墳》も《天円地方墳》も、間違っているのではないのか?という疑問が派生するわけです。つまり、現在《前方後円墳》と呼ばれている古墳は【茶臼型古墳】と呼ぶのが正しいのではないのかと・・・・・。
(*'-^*)…でもね。良~~~く考えてみると………
一番最初は、何の形に準えて、このような形の古墳が造られたのかという事です。
私は、やはり【スターゲート】だと睨んでいます。
※この過去記事じたいは、今回の話とは少しかけ離れていますが、私が、スターゲートに関して過去に書いてきた記事のURLが、多く貼ってありますので、スターゲートなるものが、はたして実在するのかという事も含めて参照されるとよいです。
さて、もし天と地を繋ぐ【天円地方墳:スターゲート型古墳】が、正しければ、《茶臼型古墳》。。。つまり《茶臼山古墳》も、完成当初からすると、のちに呼ばれた、いわばニックネームだったのではないのかということです。
ですが、さきほど言ったように、呼び名が地方によって複数存在した可能性がある以上、《茶臼山古墳》という名称も古くから存在した可能性も視野に入れなければいけないというのも事実です。
(:`皿´)…《茶臼》の歴史を調べてみました。
どう見たって《前方後円墳》の形とは、かけ離れています。
そこで、ハッと気づいたのです。
(`皿´ :)…茶臼の歴史って、起源は、いったい いつなんだろう?。
アカン❗。クソややこしすぎる!。
m(__)m……興味のある人は、ご自分で、お調べください🤣。
(#`皿´)ノ……ハッキリ言います。まず、私は、この【茶臼型古墳】も違うと思っているのです。
この《茶臼》が、そもそも問題なのです。

ま…この図じたい、怪しいですが、問題は、回転式の茶臼さえ、長い歴史の中では新しいのではないのかと思うわけです。
もっと昔は、サドルカーン。つまり、前後に擦って、擂っていたんじゃないのかということです。
そうなると・・・・・
(`皿´ #)…古墳の【造出し】も、粉に挽いた物を出す部分と見なしたと考えれば、辻褄は合うな。
そう。現在、前方後円墳と呼ばれている古墳の形は、本来は【薬研型古墳】(あくまでも天円地方墳:スターゲート型古墳だが😆)。
話が、ややこしいので、まとめますが、、、、、
①最初、天孫降臨してきた上位の人(神)を葬った際、天と地を繋ぐスターゲートの形の墓に葬った。
②時は流れ《茶臼山》と呼ばれるようになった。
③そして現在、その事すら気づかず無責任に、前方後円墳などと命名した。
(#`皿´)…うん!。たぶんそう!。だいたいそう🤣!。
(`皿´ 💧)えっ⁉️。聞いてない?。
(≧▽≦)~~~💕
真面目な話、建造当時、スターゲートを型どった古墳だったとしたら【天岩戸古墳】あたりが正しいのかもな。。。。。
(≧▽≦:)……(ヾノ・ω・`)無い 無い。




