意志とご縁と感謝の心(今年の報恩講よりその2) | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。

一つ前に書いたブログ記事

報恩講で頂いたご法話の続きです。

 

 

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報恩講に行く

 

正信偈を唱える

 

手を合わす

 

 

南無阿弥陀仏とお念仏を唱える

 

 

 

 

それは自らの意志でしているのでしょうか?

 

 

 

念仏をさせてくれているのは

 

阿弥陀様からの働きかけのおかげなのです。

 

 

 

 

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確かにそうだと思います。

 

以前にもお通夜で頂いたご法話で紹介しましたが

 

 

 

お通夜にお参りに来ているのは

 

あなたの意志で来ているんだけど

 

それは亡くなった方との縁があったから今ここに居るのであり

 

故人様が「亡くなる」という縁に出会われたからあなたは今ここに居るのであり

 

手を合わしているのはあなたが自分の意志で手を合わしているのでしょうが

 

そこに至る数多の縁のおかげで手を合わす縁に頂いているのです。

 

 

 

確かに本当そうだと思います。

 

 

 

 

そもそも現代日本に生まれてなければ

 

今の両親の間に生まれてなければ

 

今まで頂いた数々のご縁の連続がなければ

 

今、ここにこうして居てる事はなかっただろう。

 

 

 

 

「我執」

 

私が思う

 

私が考える

 

私が行動する

 

私が感じる

 

 

その全ては私自身の力で行っているのではなく(だけではなく)

 

そこに至る数々のご縁が私をそうしたらしめているのだと。

 

 

 

私が感じる事ができるのも

 

私が思い、考え、行動する事ができるのも

 

そのすべてが何かのおかげで

 

そのすべてに感謝したい

 

そんな感謝の心を大切にしたい。

 

 

 

 

そうすると

 

私の偏った「正義」に

 

私の偏った「常識」に

 

私が勝手に思っている「当たり前」に

 

そぐわないからと他人様に腹をたてる事もなくなるだろう。

 

 

 

 

ありがとうございます♪

ー合掌ー