「因縁生起」白毫寺九尺藤との出会い、その偶然の重なりと必然の関係 | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。

昨日楽しんできた兵庫県丹波市の白毫寺の九尺藤

すこし振り返りながら「偶然」と「必然」について考えてみた

(その時の様子はこちら)





まずは「偶然」



昨日までの出来事

連休開けの月曜日が雨だった事

月曜日に行けなくなり行けるのが火曜日になった事

火曜日も雨が残った事

青木さんとの約束を思い出して出発が遅くなった事

着くのが遅くなっても行こうと思った事

お寺の閉館時間ギリギリ30分前に着いた事

そのお寺で過ごした30分間だけ雨と風がやんでくれた事

ずーっと降り続いた雨が水たまりを作っておいてくれた事

雨の平日で閉館間際だったのでほとんど人がいなかった事





もし たら れば かも の話は好きじゃないけど




もしその数々の偶然がなかったら...




お天気が良ければ人が沢山居たかも

月曜日に行けてたらずーっと雨だったかも

明るい内に行ってたら明るい時間帯の藤とライトアップされた藤を楽しんで帰ったかも

そうしたら雨が止んだ時間帯を藤の花の下で過ごせなかったかも

ずっと雨だったら水たまりに映った藤の花を楽しめなかったかも

その時やむまでずーっと降り続いてなかったら水たまりもできてなかったかも

ずーっと雨じゃなかったら人だらけだったかも

風がやまなかったら水たまりの水面は鏡にならなかったかも




そうなんですよね。

これだけの偶然に偶然が重なって取れた奇跡の一枚の写真がこれ

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そしてこれ

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とかって言ってますが

「奇跡」とか「偶然」とか「たまたま」って

本当はあまり使わないし考えない




「必然」について




偶然と思える事も実は判断と選択によって起きた事




雨だから

日にちがずれたから

約束を思い出して出発が遅れるから

「行かない」って判断してたら




あの静寂の景色には出会えてなかったんだ




あの静寂の闇に浮かぶ九尺藤との時間は必然だったのかもしれないですね♪

これって仏教で言うところの「因縁生起」

すべての結果は何かしらの因と縁からの出来事なんですね



そうなんです

偶然と思えるその全ての出来事の「おかげさま」なんです



それを「たまたま」とか「ラッキー」で済ませてると

大切な事が見えなくなってしまうかもしれないので気をつけたいですね♪