いつの間にか、
この街に好かれていた。
10th.anniversary 鳴く虫と郷町
伊丹の街のあちこちで押し寄せるイベントの数々
昨日は朝から鳴く虫と郷町の中で一番好きな企画の
「鳴く虫とラジオ体操」で
みんなで持ち寄ったおかずで朝ごはんを食べて
一回会社に戻り
同友会の新入会員さんの会社に訪問して
老舗イタリアンレストランの「アントン」さんで開催している「鳴く虫と昆虫試食会」で
15種類の昆虫たちを試食して
会社に戻って
夕方、市場珈琲で開催されてた
「鳴く虫と珈琲屋さんで音楽会 」
~行灯社 at 市場珈琲~
に、行ってみたけど満席で入れず
10回目の開催にして初の企画
荒村寺(禅寺)とのコラボ企画
「鳴く虫と夜坐禅」へ。
外でコオロギが鳴き
お寺の中では鈴虫が鳴く。
まずは副住職から「坐禅」の説明を受ける
普勧坐禅儀より
...それ参禅は静室宜しく飲食節あり。
諸縁を放捨し万事を休息して、
不思の善悪であり、
莫管の是非である。
心意識の運転を停め、
念想観の測量を止めて、
作仏を図ること莫れ。
豈坐臥に拘わらんや。
~中略~
兀兀と坐定して、
箇の不思量底を思量せよ。
不思量底如何が思量せん。
非思量、
此れ乃ち坐禅の要術なり。
...
思量しない所を思量せよ、
思量しない所をどうやって思量するのか。
非思量(思量にあらず)
これがすなわち坐禅の要である。
うむむむ。。
何も考えないようにと
考える ?
真っ暗の本堂に始まりを告げる鈴(鐘)の音
壁に向かって坐す。
目の前に壁に様々な事が現れる
無心に
無心に
ただ無心に
現れる思いを無理やり消さず
思いを払拭しようとせず
無心に
無心に
。。。
どれくらい経っただろうか
終わりを告げる鈴(鐘)の音が鳴る。
初めての坐禅
その後の副住職の話から
何かを考えようとせず
何も考えないようともせず
ただ
全てを手放すこと
何も考えないようにしようと働きかける事も手放すこと
私たちは日々自ら働きかけて考え動く
目標に向かって、
今日の予定に向かって
目の前の食べ物に向かって
自ら進んで「得に」いっている。
それを一度全て手放してみる時間。
それが坐禅なのだと。
鈴虫の声を
聴こうと聞くか
聴こうとしなくても
聞こえてくる声を
受け取るように聞くか
鈴虫の声を聴こうとすると
それ以外の音が邪魔に感じる
全てそこにある音なのに
いい音と邪魔な音に思い分けてしまうのが人間。
便利になり
情報に溢れ
守るものが沢山ある世の中で
得たものを両腕に抱えていると
新しいものが入ってくる余地がない
拘らず
囚われず
今のそのまま
ありのままの姿で
ありのままの中に立ってみる
なるほど、、
そうすると今自分が置かれている環境を俯瞰的に見れるし
当たり前の有難さを改めて思う事が出来るのかもしれないですね♪
慌ただしい日常の中
拘りやとらわれから解放するわずかな時間
毎月開催されてる坐禅会にも行ってみようかな♪