隣の芝は青い?隣の花は赤い? | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。


また雨の季節がやって来た。

伊丹も梅雨入りしたみたいですね。

おつかれさまです、速水です。

雨を喜べるかどうかは一つ前の記事をお読み下さい。




最近フェイスブックで「いいね!」ってしながら

「いいなぁ」とか「ええなぁ」なんて

コメントしてるのを見かけて思い出しました。
(ただの間の手なら良いんですが…)



「人の事を羨むと幸せが逃げて行く」



そうなんですよね。



人がしてる事は良く見えるんですよ。



昔から

「隣の芝は青い」とか「隣の花は赤い」と言う言葉が有る様に

隣の事は良く見えるもんなんです。



しかし、

同時にそれは

「自分トコにある【良い事】に気付いてない」事が多いんです。



他所のこどもと自分とこのこどもを比較したり

他所の社員と自分とこの社員を比較したり

他人の環境と自分の環境を比較したり



比較して見てしまう事は仕方が無い事だけど

自分の手元にあるソレの素晴らしさに目を向ける事をしないと

ついつい他人のしている事が羨ましく見えてしまうのです。



また、こういうケースもあります。

良い(高級な)車に乗っている人を見て「良いなぁ」と思う。

その時点で挫(クジ)けてませんか?

そんな時は「いいなぁ」じゃ無くて

「お!いいねぇ!負けへんで~!」で活きたい。



目標を定めて追いつけ追い越せで頑張ろうと言う気持ちが有れば

「いいなぁ」なんて想いは出て来ないですよね?



もし、人がしてる事が羨ましく目に映ったら

貴方の身の回りを見回して下さい。

少し離れた視線で見直して下さい。

必ずそこには素晴らしい何かが有るはずです。



そして

良い思いをしている友達が居たら

我が身の事の様に一緒に喜びましょう!

なんなら更に良い事になるように応援しましょう!



僕がブログで何度も言っている

「幸せは探したり求めたりするんじゃなくて

そこに有る事に気が付くだけで良い」

という言葉に繋がるんですが



ソレを怠っていてはいつ迄も人の事が羨ましく見えるし

足下に、手の中にある幸せに気付けないままで終わってしまいますよ。



僕は人の事を羨みません。



「隣の芝は青いもんやねん」



幼少の頃から

亡き母が何度も何度も言って聞かしてくれていた言葉でした。



ありがとうございます。

伊丹のおくりびと

合掌。。。 (^人^)

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