生まれた時から商売人の子、同友会を縁に母の偉大さをまた改めて知る。 | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。



真夜中の伊丹に雷鳴がとどろき

降った俄雨で涼しくなりました。

おはようございます、速水です。



最近、同友会で「経営指針書」を作る勉強をしています。



一回目の勉強会は「労使関係」でした

経営者の責任と、

経営者と従業員の人間的対等な関係。



勉強会をグループで済ませて

「速水さんは社員思いの良い経営者ですね」

と言われますが、違うんです。



僕は駄目なんです。



偉そうな事を言うつもりでは有りません。

全くそういうつもりはないんですが。


何が駄目かと言うと

僕を育ててくれた両親は、特に母は

帝王学?を擦り込み続けて育ててくれました。



今でもよく覚えている母の言葉。

当時「伊丹マッサージセンター」が家業でして

父はお客さんからも、お弟子さんである従業員からも

「先生」と呼ばれる存在でした。



母はそんな背景を持って育っている僕たちに対し

例えば食事の時

「ええか、あんたらがこうして御飯を食べれてるのは

従業員のみんなが頑張ってくれてるからやねんで、

お父さんが一人偉くてもあかんねん

今食べているそのお魚を買うお金も

みんなが稼いでくれたお金で買ってんねんで!」

と、しょっちゅう言っていた。



家業を葬儀屋さんに変えてからでも同じ。

「従業員さんや取引先さんが居てくれるから

うちの会社は成り立ってるんやで」



経営者、社長、それより偉いのは

実際に汗をかいてくれているスタッフと取引業者さんたち。



ずーーっとそう言われ続けてました。

それが当たり前だと思っていました。



それを改めて「対等な関係」とかって言われても

その発想自体が「基本上からやん!」と思ってしまいます。



頂いた命、頂いたご縁。

「お陰さまの心」を心の深い所に持つ。



昨日の同友会で

始めて知った言葉に「不易流行」というのがあります。

goo辞書には

いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取 り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。蕉風俳諧しょうふうはいかいの理念の一つ。解釈には諸説ある。 ▽「不易」はいつまでも変わらないこと。「流行」は時代々々に応じて変化すること。

とあります。



母に感謝する心を忘れず、

「お陰さまの心」を不易として

激しく変貌し続ける世の中のニーズに

柔軟に対応できる柔らか頭で頑張っていこうと思います。



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