親の愛は慈悲の愛、見返りを求めない無償の愛です。 | 伊丹のおくりびと

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伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。




今しがた、ツイッターで「わらびもち」さんから

亡くなった父の呟きをやりとりしました、

こんばんは、速水です。




昨日の永代経で頂いたお説教の締めは

さだまさしさんの案山子でした。




歌詞より。。。




元気でいるか?  街には慣れたか?

友達出来たか?  寂しかないか?

お金はあるか?  今度いつ帰る?

~~~略~~~

手紙が無理なら  電話でもいい

「金頼む」の一言でもいい

お前の笑顔を待ちわびる

おふくろに聴かせてやってくれ





都会に出て行った息子を想う親の心。

色々心配するけど

「金頼む」の一言でもいい。。。。




心配かけられても

お金など難儀な話でも良い

母親に声を聴かせてやってくれ。




無償の愛。




その布教師さんは

自分自身九州に残して来た親とダブらせた。




それを聴いて僕は

浄土に行かれた両親にダブらせた。




今の世は

遠くは慣れていても電話やメール

ツイッターなどSNSやスカイプで繋がり続ける事が出来る。




もう少し昔だったら

別れたら別れっぱなし。




距離の遠さが存在の遠さにイコール。




そう考えると




音信不通で九州に暮らす親も

音信不通で浄土に往生した親も

同じなんだと想って





不覚にも。






泣けた。






浄土、極楽を信じない人が多い今。

目に見える物しか信じられない。




目に見る事が出来ないけど

九州で暮らしている両親を慮る心。

目に見る事が出来ないけど

浄土に先に行ってこちらを見守ってくれている事に感謝。




話は変わりますが、

「親孝行 したい時には 墓の下」

と言う言葉を聞いた事が有る。




目に見える親に対して出来る事を

親孝行と言うなら

それはそうだろう。




しかし、

目に見えない程離れて暮らす親に対して

出来る親孝行もある。




「連絡無いのが良い便り」

と言う言葉がそれだと思います、




お母さんに言葉で

「ありがとう」と

言ってもらえるのも親孝行だろうが




本当の親孝行と言うのは

社会的にしっかり自立して

「安心して下さい、

頂いた命を大切にして

私はしっかりと生きています」と

心の中で強く持ちながら暮らす。

それこそ本物の親孝行だと思います。





ご馳走をしにお寿司屋さんに招待したり

孫の元気な顔を見せに帰省するのも良いんですが





親として、

甘えられる事程嬉しい事は無いのでしょうが




乱暴な言い方をすると

それって、

「親孝行をしています!」って

親に甘えさせてもらっているんだと思います。



親はいつまでたっても親。

私たちが部長になっても、社長になっても、

私たちは親からみたら子ども。

親からしたらいつまで経っても危なっかしい子ども。




巧く言えませんが、

落としどころも有りませんが

ずーっと心の中に持っていた思いを

綴らせて頂きました。


「わらびもち」さんありがとう。



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