思い出話し | 伊丹のおくりびと

伊丹のおくりびと

伊丹市の幸せ創造企業 速水葬祭二代目創業者 速水英城です。
色んな所で様々な人々に支えられご縁を頂き毎日を過ごしています。
感謝を込めて綴ります。

若かりし頃




パンクバンドのかけらだった。




曲を作って演奏る。




メンバーが寄って作り込んでいく。




殆ど毎日夜通し遊んでいた。




当時まだレコードとカセットテープの世代。




ファーストアルバムも出した。




ファンレターが来てみんなでビックリした。




よく話していたのは




誰にも理解されなくても作りたい音楽を作り続けるのか




みんなにウケる売れる為の音楽を作るのか。




ラフィンノーズもブルーハーツもテレビに出て魂を売ってしまった、、、




映画も絵画も、小説や音楽も、




食べる為に作ったものは作品じゃなく商品である。




などなど、、、




いや、若かったな。