まさみちです』
愛と笑いの福の神のような存在でありたいっていう思いがね、心底から湧いてくるもんだからね、
『愛と笑いの福の神』って言ってるけどね、
おっちょこちょいで、子どもっぽい
愉快な『愛と笑いの福の神』なのです…あは。
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あのね、
ぼくはね、
びっくりするほどのへっぽこ教師だったの。
新採教員の研修会に行くとね、
みんな難しい専門用語をカッコよく使って話しているんだよね。
ぼくはさっぱりわからないのよ・・・。
わからないから聞くわけね。
教える方も新採でよく意味がわからないで使っているからね、ますますわからないのよね…。
なんだよ〜って思ったけどね、
みんなぼくなんかより賢いって思ってたの。
で、研修会の講師をしている教育委員会の先生に聞くわけ。
丁寧でわかりやすく教えてくれるの。
教育委員会の先生って優しいんだなぁって思った。
っていうかね、
ぼくは奥手のめでたい人間だからね、
目の前に現れる人っていい人しかいないと思い込んでいたの。
あははは〜。
それからね、
新採の先生たちが授業を見て勉強する研修もあったのね。
授業を見た感想がみんなすごいの。
よく鋭く見ているなぁ…って思ったの。
よくそんなに上手に話ができるなぁ…って思った。
ぼくはというとね、
子どもたちの楽しそうな姿に目を奪われてね、
どこの学校の子どもも可愛いなぁ楽しいなぁ…なんて思って見ていたのよね。
だからね、
ぼくの感想なんてね、
「子どもが可愛かったです〜!」
みたいな感じだったのよね…あはは。
自分でも流石に他の人たちに比べて、あまりにもへっぽこ過ぎるって思ったんだよね。
それなのに内心ではね、
誰にも負けない素晴らしい先生になるって思っていたんだよね…。
現実はあまりにもへっぽこだったの。
それは認めざるを得ないほど酷かったからね、
ぼくみたいな鈍感な人間にはかえって良かったんだと思う。
だってね、
人の何倍も努力しないといけないって思えたから。
怠け者のぼくは、それくらい危機感がないとやらないからね。
20代の頃ってね、
やればやっただけ伸びる時期だったんだよね。
どんどんやったの。
ぼくは本で勉強するよりも、
実際に聴きに行きたいタイプだったの。
だからね、
校内の先生たちにもいっぱい聴きまくっていたんだよね。
そうするとね、
先輩たちが喜んでくれてね、
たくさん教えてくれたのよ。
教え方のコツだけじゃなくてね、
保護者との関係づくりとか
懇談会での話し方とか
その先生が得てきた諸々の財産を教えてくれるの。
すごいなって思う先生には片っ端から聴きまくってたんだよね。
そしてすぐに試してみたの。
でもね、
ぼくがやってもうまくいかないことも多くてね、
また聴きに行くわけね。
そうするとね、
ぼくがやってみて足りなかった大事な部分を教えてもらえるわけ。
その先生だって大事なことを、
一気に伝え切れるわけじゃないからね、
何回も何回も通って聴いてわかるようになる。
この方法がぼくにはすごく合っていた。
っていうか、誰にとっても大事なことだと思っているんだよね。
毎日が試行錯誤の実験の場って感覚になるんだよね。
だからね、毎日たくさんの失敗をするからね、逆に成長が早いって感じたの。
子どもたちとぼくの実験の場。
だから子どもが失敗しようがぼくが失敗しようが、当たり前だし、笑って次に進むって感じ。
こういう感覚だと、子どもも凹み方が少ないんだよね。
意欲的になるし、挑戦していくようになる。
ぼくもね、他の同期の先生たちに負けたくないって意識から、もっともっといい先生になりたいって意識に変化してきたんだよね。
自分がへっぽこだって認めざるを得なかったことってね、若いぼくにはつらかった。
なんてったって、素晴らしい先生になりたいって思ってたんだものね…。
ショックは計り知れないものがあったの。
でも、それが良かったんだなぁ…。
あの頃のぼくみたいに気持ちの挫折を味わったり苦しんだりしている人が、何とか乗り越えていけますように!
あなたを応援していますね。
まさみち
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「愛の福の神」なんて言ってるまさみちって人間はこんな人です。がっかりしちゃうかな…汗

