(裏の田んぼに田植えが始まりました)
うれしくなっちゃう!
やる気が出ちゃう!
そういう叱り方があるんだ。
普通は、悪い行いに気づかせ、正そうとするから叱るって感じが多いよね。
ぼくは、それはもちろん大事だとわかった上で、敢えて言っているの。
例えば小学校でのことなんだけどね、
子どもたちがちょっと言い合いになってしまってね、
だんだんヒートアップしてしまって
ついどちらかが
「お前なんか死んでしまえ~!」
って、言ってはならない言葉を発してしまったりってことが、教室では起こったりするんだよね。
そこでね、教師はカッとなるからね
「こらぁ!なんてことを言うんだぁ!そういう言葉は先生は絶対に許さないぞ!!いいか、みんなにも言っておくぞ、人を傷つけるようなことを言うことは絶対に許さん!!!」
って厳しく言ったり、怒鳴ったりってことがあったりする。
って…実はこれが昔のぼくなの…。
悪いことは悪い、と厳しく指導するのが正しいと思っていたから。
で、謝らせてね。言った方も言われた方も納得した感じで、周囲の子どもたちにも言ってはいけないことの基準を明確に示せた満足感に浸っていた…。
なんて自分はいい先生なんだろう…なんて思いながら…。
そうです。これは昔のぼくの話です…汗。
でもね、ある時にね、ハッとさせられたことがあったの。
別の学年を受け持った時にね、同じようなことが起きてね、ぼくは同様に叱ったのね。
たしかにね、一件落着はしたの。
遺恨が残らずに、クラスのみんなの学びにもなってね
良かった、良かった…はずではあったのね。
でもね、死ねって言って叱られた子がね、しょぼんとしちゃってね浮上してこないのよ。
「あなたはわかったんだからね、もういいんだよ。」
などと、いろいろな温かい言葉をかけても凹んだまま。
クラスの子ども全員の自己肯定感を上げて、やる気を出させたいって思っていたぼくにとっては、これは違うって思ったの。テクニックではなく、考え方が違うって感じたの。
でね、自分の中を見てみるとね、
子どもが間違いに気づいて直していくことが、叱る目的になっているなぁって気づいたのね。
このことはね、指導の常識として言われていたからね、なんの疑いもなく信じてやっていたの。
成果は上がっているから、間違いではない。
でも、本当にこれでいいのかって思いが湧いてきたの。
そのことに気づかせてくれたのは、凹んだままの子どもだったの。
問題のある子ってね、幼稚園の頃からいっぱい注意や叱責を受けてきてるんだよね。
もう既に自尊感情や自己肯定感はだだ下がり状態なんだよね。
だから
「どうせおれなんか。。。」
って思っている。
そこのつらさをわかってあげるべきだった…って気づいたの。
たしかにそういう子って、やってはいけないことをやる、言ってはいけないことを言うんだよねぇ…。
だから注意されたり叱られたりする。
そういうことばかりを起こしてしまう。
小学校中学年までになんとかしないと、大変なことになってしまう…。
誰かが救い出してあげなければいけない。まだ子どもなんだから。
そこでね、子どもの気持ちになって考えたの。
一生懸命に考え続けたの。
逆にうれしくなったりやる気が出たりする、注意の仕方や叱り方はないかって。
何より大事なことは教師の気持ちだろうって思ったの。
そういう子ほど敏感に相手の気持ちを察するから。
だからね、まずは
きみが大好きだよって気持ちが伝わるようにすることが大事だなぁって思ったの。
そうすると𠮟り方のバリエーションも増えてくる。
ある時は
「うそ…そんな…きみがそんなことを言うなんて…。きみの本質は実はものすごく優しい思いやりのある人なのに…。先生、悲しくなるじゃない…。」
と、子どもの本質を大いに認めつつ悲しんでみたりね、
またある時は、ビシッと
「きみはきみに対して失礼だよ。きみの本質はそんなもんじゃない。きみの中にいる本当のきみはあったかくて優しいんだよ。きみは、本当はとっても素晴らしい人間なんだよ!」
っていう感じで、あくまで認め信じようとしている気持ちが伝わるように言ってみたりね。
とにかく相手の心に明かりを灯したいって強い願いがあれば、その時に応じて言葉が出てきたんだよね。
言われたことがない言葉を投げかけられた子どもはね、ちょっと面食らうの。とまどうの。
今までと違って、相手から敵意を感じない。
それどころか愛情を感じるから。
学校を代表するような大変な子どもでも、コロッと変わるんだよ。
小学校時代の子どもってね、まだ素直だからね、変わりやすいんだよね。
とっても大事な時期だよね。
子どもたちの笑顔のために、ちょっとだけガンバリましょうね~!
大丈夫です!
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