今日は有給休暇の消化日だった。特に予定もなく庭いじりでもしようと携帯を眺めていたら、株主総会の案内が目に入った。

 

CPAの勉強中、試験を一科目合格するごとに自分へのご褒美として株を買っていた。そのうちのひとつがオークランド空港だ。「自分も含めて移民の多い国だし、立地上これからも空港を使う人は多いだろう」という、個人的な目論見で選んだ銘柄だった。

買ってすぐにコロナ禍が直撃し、株価はみるも無残な事になったけれど、長期保有のつもりなので気にしていない。オンラインでも参加できたが、せっかくの休みだしドライブがてら行ってみるかと思い立ち、ラグビーの聖地で有名なエデンパークへ向かった。会場は5階の大広間だった。

 

今回の議題のひとつに、新しい取締役の選任があった。アメリカのダラス・フォートワース国際空港で経験を積んだ人物を迎え入れるという内容だ。経歴は立派だったが、その後の質疑応答で、ある株主から「彼はアメリカ在住でニュージーランドに住んでもいない。そんな人が取締役にふさわしいのか」という質問が出た。

会場が少しざわつき、影響されやすい私も「言われてみれば確かにそうだ」とその時は心が少し揺れてしまった。

しかし、そこからの取締役会長の切り返しが凄かった。最初から彼を決め打ちできたのではなく、適切な業者を通して数人の候補から選び、彼の持つ高い知見、そしてこれまで培ってきた人脈について訥々と語るうちに、会場の空気も落ち着いた。会長の言葉を聞くにつけ、「この空港はさらに高いレベルを目指しており、そのためには彼でしか成し得ない事があるのだ」という会社の展望が伝わってきた。

 

もう一つ、別の株主からは「空港内は改装されて素晴らしくなったけれど、一歩外に出たらひどいものだ。屋根もないし道もガタガタで、どうにかしてほしい」という意見も出た。これに対しては、取締役会側も貴重な意見として受け止め、安全面への配慮を約束しつつ、全面改修には今しばらく時間がかかる旨を丁寧に回答していた。こうした実務レベルの意見が取締役に直接ぶつけられるのも、株主総会ならではの面白いところだと感じた。

 

株価や配当の面では、他の派手な企業と比べ物にならないかもしれないけれど、これからもこの会社を応援していこうと思った。

うちの家は、表通りから一本入った共有道路の奥にある。

その共有道路に面して建つ家の一軒に、シングルマザーの親子が暮らしている。で、そのお母さんの実家は表通りを挟んだすぐ向かいだ。聞けば、もともとこの家にはお婆さんが一人で住んでいたのだけれど、向かいの家族がお婆さんの面倒をずっと見ていて、亡くなったときに家を譲り受けたのだという。そんな、棚からぼた餅のような話が本当にあるんだなと驚いた。

 

それとは別に、うちの隣には、夫の小学校時代の校長先生が住んでいた。

引越してきたときは知らなかったのだけど、あとから夫の恩師だと分かった。

校長先生ご夫婦にはお子さんがおられず、私たちが引っ越して何年か経った頃に校長先生が亡くなり、奥様が一人で暮らすようになった。 今度は、同じ共有道路の別の家族が、その奥様の面倒を見るようになった。

そして奥様が亡くなったあと、その家族がお隣の家を相続した。

お隣さんは相続した校長先生の家を売却し、それに自分の家も合わせて手放して、故郷のクライストチャーチに立派な家を買って引っ越していった。

 

そして今は、5軒隣に一人で暮らしているお婆さんがいる。犬の散歩の途中で顔を合わせた時は、お医者さんをされている息子さんが顔を出してくれたと、嬉しそうに話してくれた。最近では、また別のお隣の家族が、お婆さんの郵便受けの管理をしてあげている様子を見かける。

 

そういうわけで、私が見る限り、ニュージーランドに今のところ相続税がないことの思わぬ効果というのは、独居のお年寄りの家を相続する見返りも含めて、自然と隣人が支え合うようなセーフティネットが地域にできていることではないかと思う。 

もし仮に相続税があって、遺産の多くが国に持っていかれるようなシステムだったら、隣近所としてお年寄りの面倒を見るエネルギーも、ここまで湧かなかったかもしれない。

 

もちろん、これはあくまで私の家のまわりの小さな話であって、ニュージーランド全体の話ではないし、きちんとした根拠があるわけでもない。それでも、相続税がないというシンプルな税制の背景が、こうした人と人との結びつきを後押ししているように感じられる。私も年老いたらこの持ちつ持たれつの打算を頼りにご近所さんにお世話をお願いしようと企んでいる。

入居した時に既にあったグレープフルーツの木。

このグレープフルーツは、秋冬の楽しみだ。

秋口はまだ酸味が強いので、ゼリーにして楽しむ。

冬に近づくにつれて甘味が増して、私の手のひら程の大きさながらずっしりと育つ。 

あの強烈な酸っぱさに身構えながら粒を食べると、程よい甘さに目が覚める。

問題は、坂の斜面に立つこの木が坂の下側に伸びているので、木の下に立つとたわわに実る実にほとんど手が届かないこと。

長い道具でもぎ続けるのも腕が疲れるのでそのままにして鳥やネズミが堪能しているのをただ眺めるだけ。

落ちた実を見ると、表向きは手付かずだけれど、裏半分は綺麗に食べられている事もよくある。

そういうわけで、春先のうちに思い切り剪定をしてみた。

 

この木は途中で二手に分かれている。 

なので、片方の枝はそのまま残して、高いところの実は動物たちと分け合うことにする(メルヘンチック)。 

もう片方の太い枝は、思い切って切り落とした。

切った枝にはすでに小さな蕾が沢山ついていた。後ろ髪を引かれる思いだけれどもう遅い。

そこからいつかまた新しい枝が伸びてきてくれたらいい。

 

抹茶のお菓子の本で見つけた抹茶カステラ。作ってみようと、抹茶を買い足した。 

自分に合う作り方を探そうとネットを開けば、レシピがわんさか出てくる。 

今朝のうちにクリームチーズとレモンも手に入れておいたので、準備は万端だ。

夕方になり、動画を見ながら作ろうとした。 ところが、一本の動画が終わるたびに、次から次へ別の美味そうな映像が流れてくる。

これにしようと気持ちを固めても、また視聴者の多い動画が目に入る。

気がつけば、最初に作るはずだった抹茶カステラはすっかり頭から抜け落ち、4800万回も視聴されている台湾カステラに流されていた。

出したままになっていた手付かずの材料はしまい直した。

昨日、オフィスで小耳に挟んだ目から鱗の話。 

薬を飲むときは、真っ直ぐか、少し下を向いて飲み込むのが良いらしい。 

上を向くと、かえって喉が閉まってしまうから。

 

これまで私は、薬を飲むときはいつも首をぐっと上に向けていた。 

首のあたりを一本のホースに見立て、「顔を上げれば90度に折れ曲がっていたホースが真っ直ぐになり、薬も飲み物もすっと胃に落ちていく」ものだと思い込んでいたのだ。

 

だが、ネットで確認したら違っていた。 上を向くと気道が開いてしまい、誤嚥(ごえん)の危険があるという。

 

そういえば、たまに飲み物を飲んでいて急にむせることがある。 

もしかすると、知らず知らずのうちに上を向きながら飲んでいたのかもしれない。

 

50年生きていてもまだまだ新しい事を知れるのだと実感した。