この記事は「記事リクエスト・質問・その他:その5」(記事はこちら)のコメント欄にいただいたご質問への回答となります。

 

 

はるママさんへのご質問への回答を書いていきます。

 

お子さんの詳細:

 

・小学3年男子、自閉症スペクトラム

・今現在の性質 こだわり、思い込みは強いようだが、学校では自分でコントロールまたは我慢して 頑張っている
 

・普通級に在籍+週1回45分間通級
 

・週2回放課後デイサービス

・学習面:

 

- 苦手は漢字の宿題が特に嫌い、作文、字を書くことも嫌い
- 得意:理系の 頭脳を持っていて算数の理解は早い。一方で九九などの計算も含め、算数対してもやる気がおき な い
- やる気が起きにくい特性、やってこなかった悪循環か学習障害的なものか不明

・学校は毎日行き渋る。現在は無理やり連れ行ってる状態。教室にあがると皆と同じように頑張れる、過ごせる、皆となんら変わりがないと言われている。


・友達と遊ぶことは好き、近所に友達もいる。近所の子以外ともクラスメイトと放課後関りをも つ(普通に遊ぶ)こともできる。かつ、よりゲームや家が好き

・マインクラフト、ユーチューブが好き

・癇癪はそれらを制限される、思うだけできないとき、他にやりたいことがなく暇だと思った時、 宿題をやりましょうとなった時、学校行きましょ うとなったときに起こす。

・癇癪時、弟にあたる、母を叩いてくる(力は加 減 していると思う)

・家では手を頻繁に洗う(乾いたガムを触っただ け でも洗う。何かを触る度、洗いたくなる様子)

・思いを通してもらえなかった時、嫌がらせのよ う な態度をとる

例1:母を「おりゃおりゃ」と殴り 掛かってこようと する
例2:母親が作ったご飯を食べない 「ご飯なんか食べるか」と言って全く食べないか、ふりかけご飯 だけ食べる。外食ならよく食べる。
例3:「宿題なんかやるか」と発言し、連絡帳や宿題の ノートプリントを破く

親から見て心配な点:


-学校は行き渋るが、登校時の体調にはでない


-教室に入ってしまえば皆と同じようにやれると学校側からも言われる。


-本人があんまり深刻そうな状態を見せないから、ただやる気が起きない特性だけと思われている


-「私と同じだったら、苦しい学生生活だろうなって思って辛い」


-授業参観では貧乏ゆすり、お腹が痛くなった私(学生時代の母)ほど深刻じゃないのかなとも思う


-ただ、やる気がおきない、退屈というだけなのか、本人のことは本人にしか分からない


-本人が何にも言わないし、それは言葉にできない、自分でもはっきり分からないけど嫌ってことかもしれないけど、どうしてあげたらいいか分からない

以下、そのまま抜粋:


「加えて、私に対してすごく反抗的な態度です。味方って思われてない、挽回しなきゃいけないなって思うけど。私自身も特性持ちのようで、あまり会話が得意でなくて、親子関係も冷たく感じてきたのかも知れません。私も親に対して、どうしてこんな自分を産んだんだと憎む反面、愛情を求める執着心が強かったように思うので、息子も同様なんだろうなとも思います。

一生懸命愛情を示そうとしても特性持ちの私の態度じゃ満足できないのだと思います。私のようなタイプの場合、どのように接してあげたらいいのでしょうか?

どうにかしてあげたいと思い、病院に行き診断を受けて、放課後デイサービスに通えるようになったけれど、放課後は友達との約束をしてくることもあるし、何も予定がない日でも、送迎の人から逃げ帰り、行きたがりません。」

「今住んでいるところで受けれるSSTは通級と放デイしかないように思います。けれど、放課後デイを、そこまで嫌がってる場合無理をさせない方がいいのでしょうか?他でSSTを受けれるような所を見つけて来ても、行くことに対してすごく抵抗して行ってくれないと思います。
体もどんどん大きくなり、力では敵わなくなってきています。親の意見をなかなか聞いてくれない息子をどう救っていけばいいのでしょう?

家庭内暴力も不安です。

スカイさんの親族は、親の意見を受け入れ素直に育っていっている子達ばかりですか?」

 

以上が、ご相談内容とご質問でした。

 

親族の今までの私の世代、それから今の子達を見ていて、それからお子さんの上記の説明を見ると、親族にも定型発達の子達はいて、田舎にも都心にも住んでおり、夏休みは1か月ステイしていくなどもしていますが、その時の様子と比較してお答えすると

 

・小学3年生男子は、非定型、定型にかかわらず、お子さんと同様に荒っぽいことをごく普通にすることが結構ある。特に3年生、4年生は発達上、そういう時期である。

 

・定型の子も、学校の同級生とのふざけたノリと同じように、背の低い母親に「蹴り」や「パンチ」をふざけてすることがあるが、母親から猛烈な勢いで叱られて「マズい」という顔をしている場面をしばしば見る。そしてやらなくなる。

 

・ゲーム好き、勉強嫌いの男の子は女子よりかなり多い。定型の子でも勉強嫌いで「家で全く勉強しないから」と塾へ放り込まれている子がいる。ゲームをするために放課後、友達と集まっていることが定型の子達でも多い。

 

ので、このような部分は「自閉症スペクトラムだから」と言い切れない部分があります。

 

小学校3年生の、ごくマジョリティーな発達をしているこの年齢の子はギャングエイジと言って、荒っぽいことを平気で「試す」時期なので、学校で蹴り、パンチの「ふり・おふざけ」はあります。学校でボランティアでクラス内に入ることが多いですが、笑顔で元気に遊んでいる子達は、遊びでどかんどかん、暴れています。その気分が盛り上がった時にふざけて蹴り、パンチ的な手加減した遊びは見かけます。3、4年生は特に幼さが残っているので、たまに手加減ができずクラスメートを泣かしてしまい、私達ボランティアや先生が注意しています。

 

今回のご相談ケースで気になるのは、お子さんよりむしろはるママさんです。

 

ご自身の経験をお子さんに活かしたい、という思いが強い部分があり、それがプラスに働いているかというと、はるママさんの「迷い」や「申し訳なさ」や「不安」につながっていて、むしろ「子と私は別人、べつものだから、分離して扱う」という必要性が生じているのではと感じます。親が子を同一視してしまうと、子の苦しさを親が同時に経験するような感じになり、親としての立場ではなく「横並びに同等」になってしまい、そうすると「指導」や「調整役」ができなくなっていきます。精神不安定になるからです。

 

気持ちが寄り添うことと、上下の立場を無くすことは異なります。親子としての上下の立場は、特に発達凸凹のこの場合、曖昧さは理解できないので、指導者、最後に物事を判断する人は誰か、誰に決定権があるのか、は絶対的に親だと理解できる状態にしておく必要はあります。上下の立場を保ちつつ、気持ちを寄り添わせるから「線引き」ができるわけです。大人としてここまで、という線引きを子に明確に示すためにも上下関係は必要です。

 

嫌がらせについてですが、親をコントロールするための手段かなと思うので、私達は基本「ふーん」で放置です。

作ったご飯を食べないなら、親は食事をちゃんと作って与えるという義務は果たしているので、嫌がらせで食べないなら食べなくていいです。宿題のプリントを破いても親には痛くもかゆくもないので、先生に個人懇談で事実を伝えるかもしれませんが、本人がしたことの責任を取ることになるのだから、宿題は親の問題じゃないし、と告げて終わりです。同級生に「お前、宿題どうしたんだ」と言われたり、馬鹿にされたりしても本人のせい。あとで破いたことを後悔してしまった、と思っても本人が我慢するのが責任の取り方、など割り切って伝えて終わりです。気にしない性質の子なら、成績が1でも気にしないので、その時は「まだ恥とか、成績が悪くて困ったとかいう認識が育っていないのかも」と観察するにとどめます。

 

迷う時、不安な時は、複雑なたくさんのことを考えすぎず、まず上記のご相談と不安のある内容のうち、1つか2つに絞って対応することにして、それ以外は後回しにしてみてください。どちらにしろ、親側で不安や迷いがあるときには、よい判断はなかなかできません。そういう時には、お子さんは学校に全面的に任せて、親が発達相談センターの保護者向けの講演会や勉強会に参加して、自分自身の方向性や不安と向き合う方を優先されることをおすすめします。

 

話を戻します。

 

見た所、問題点は、

 

1.親が対処しづらい暴力的かつ反抗的な態度

2.好きなことをし、嫌いなことを癇癪で「やらなくていい状態」にするパターンを誤学習している最中

 

という2点にあると思います。

 

よって、学習のことはこの際、後回しにすることをおすすめします。子供がいい方向に力を発揮できないと、学習は正直、どんなにハッパをかけても無理ですし、学習は停滞します。お子さんを拝見すると、今大事なのは「自分の中で、これだという一つの物を得る事」、そのためにお子さんはもがいているような気がします。暇、退屈、面倒、という思考にとらわれる傾向がある時は、そういう「一つの物が見つかっていない」時によくあるからです。

 

 

最初の1の暴力の件ですが、はるママさんが正面から取り組むより、2の特性の活用を先にすることをお勧めします。

 

理由は、先に「子どもに家庭であろうと暴力はNOと教える」という点をやるには、はるママさんには少し大変な作業になるかもしれないからです。だいぶ気力も使っておられて、体力的、精神的にもお疲れだと思いますので、以下、1の暴力に対しての説明を先にしますが、できれば2の特性の利用を優先することをおすすめします。

 

 

では、1の暴力への対応について説明します。(親族の場合は、ですので一般的ではありません。誤学習しやすい、一度身に着いたパターンを崩すのは難しい、という特性がある子達が親族には多いため、すみやかに誤学習を防ぐための行動ですので、かなり極端な言動をしますので、無理そうなときは参考にしないでください。)

 

関係あるかないかわかりませんが、私達の親族の場合、テレビとゲームが大いに、この傾向に拍車をかけることが多いので、家庭内で暴力、暴言、学校の義務(宿題)をしない場合は、テレビはコンセントを抜きますし、ゲームはできないようにパスワードを入れて使えなくするか、充電器せず、できなくします。

 

これは、小学校、中学校、と「上手くいっている」最中に、気を緩めた隙にまた礼儀を失って暴言したり、義務を放り投げるなどやらかしますので、再度テレビやゲームに制限をかける、子がまた頑張る、というような「繰り返し」をずっとしていることが多いです。素直にさらっとできる子はまずいません。何年もかけた根気のいる勝負です。高校ぐらいでやっと自制がきく、という感じです。

 

テレビやゲームは「扱い」を教えるのが難しいです。快楽優先の特性が強い子は特に、テレビやゲームに知らずかなり集中し、精神力の全力を出して疲れますので、生活や勉強は億劫になって全くやらなくなります。またゲーム直後に気が立つ、イライラする、切れやすくなることがあり、そういう時はゲームは全部絶ちます。そういう約束になっています。ギャンブルと同じで、中毒とは言いすぎですが、特性的に「快楽優先」な子でまだ低学年の、感覚や理性が出来上がっていない時期に「快楽の道具」を渡すと、制御できなくなります。理性ができていないからです。

 

よって、子供の性質を見て、ゲームやテレビ(リモコン)は親が必ず握り、完全にダメというと欲望が暴走して他家でやろうとしますし、子供同士の会話のネタとしてしないのも今時は子側が友達つきあい上困るので、自宅でやれるようにはしますが、「子の好きな時に好きなだけ」というのは絶対にさせません。「親の物を貸し出し」というスタンスで、親が認める義務を果たしていれば気前よく貸し出しますが、礼儀がひどい場合(暴言・暴力)や最低限の義務(宿題のみ)が守れない場合は、貸し出す理由がありませんので貸しません、という説明を徹底します。

 

そのかわり、宿題を5分でちゃちゃっといい加減に終わらせても「やった」と認めて、すみやかにご褒美として制限したものを解除します。

 

この「義務と自由」のセットでパターンを覚えるように、親がかなり頑張ります。子供は「目の前の快楽を手に入れたい」一心で、嫌なことは絶対やりたくない・面倒くさい・泣いて騒いで避けられるのならそうしたい、という理由で全力で癇癪も起こしますし、1時間でも平気で泣き叫んで転がりまわります。その間は放置しています。

 

ただし、殴ってきたら反撃します。殴られっぱなしでは正直、強い者が上に立つ動物の世界では上下関係が逆転しますので、親も本気で大声で威嚇するなど暴力を振るわなくても「本気の本気で」対抗します。殴られないように硬いお盆などで防御します。お盆で防御されると殴る方の手が痛いですから、防御を頑張りつつ本気の怒りの表情で「暴力は許さない!どの世界でも暴力は最悪の行為だ!」と教え込みます。

 

子供が逆上することがありますが、1時間ほど真剣にやりあえば、親子共にくたくたになりますが、それを何度も繰り返し毎日やろう、という気は子供も少しずつなくなっていきます。メリットにならない、疲れることは子供はそういう意味では賢いので、やらなくなっていきます。

 

お子さんは学校では暴力を振るわない、他害をしないという「暴力はダメという認識がある」かつ我慢ができるスキルはあるわけなので、ある意味、賢く意図的に家庭を、母を選んで暴力を振るうように試して成功しています。よって「母を攻撃していい相手と決めて暴力を繰り出している」わけですから、それを受け入れると「私なら暴力してよい。我慢しなくてよい。」というメッセージになりかねないので、それを避けるようにします。

 

また、「弟にあたる」のは口頭であれば、口頭注意でいいですが、通常の兄弟喧嘩ではなく、兄の一方的な八つ当たりの暴力が出る場合はさせないように親が間に入ります。厳しく「勝てない年下を選んで殴るとは卑怯な行為、年下から逆に軽蔑される。」ということも教えていきます。さらに兄弟の行動範囲を仕切りカーテンなどで完全に分けます。年下の子を親として守るためです。

 

これは私達が徹底していることなのですが、将来、「私のような最も親しい優しい家族には攻撃してもよい。」という風な間違った解釈につながっていく可能性の方を考えて、将来のお子さんの伴侶のためにも、家庭内でも、許されないことはしてはいけないとくれぐれも教えます。これには全力を尽くします。

 

特性というのは「経験から学ぶ」ので、優しい人は殴っても許してくれた、家族で家庭なら、多少はイラっとしたり腹が立ったらやっていい、弟ならやっていい、とどこかで学び取ると、それはリスクの一つとなります。百ぜロ思考があるとなお、ダメ、という風に取れず、曖昧な優しさはOK、してよい、相手にはそれほど大変じゃないから許すんだ(自分は嫌なことは絶対嫌だから、相手は嫌じゃないはず、という独特の解釈をするため)という非定型独特の思考の肯定を経験から学ぶことになるので、それは絶対避けたいのが私達です。よって、絶対に家庭内での暴力は兄弟姉妹、親への攻撃は許していません。

 

最初の出だしで書いた「ギャングエイジによくある定型のお子さん」と「違う」部分があるとしたら、この部分です。定型のお子さんは学校でふざけたノリで蹴ったり軽くたたいたりしているかもしれませんが、それは「遊び」で、じきにしなくなります。親へはしてはいけない、ということも理解してのことです。兄弟げんかも定型の子達は年齢が上がると収まるらしいですが、非定型の子は、年齢が上がり成人しても「自分が上、下の兄弟姉妹には何をしてもいい」という経験があると、それを続けて「変化しようとしない(変化が嫌い、または違う関係性、仲良い兄弟姉妹という姿を経験していないからできない)」ことがあります。

 

実際、親族のパートナーさんが小さい頃から同じ発達凸凹の兄弟姉妹にやられっぱなし、結婚しても八つ当たり先は自分、と実家の家族とは連絡を取らない、取ると罵詈雑言、八つ当たり、要求がすごいから、と苦労している人がいるぐらい、続く可能性もあるということです。あくまで「可能性」のことであり、絶対ではもちろんありません。「今、弟にしていることを、この先しなくなる」という自然消滅的なことが起こらず、成人しても続く時はどうするのか、という予防策として考える、私達の癖のようなものです。

 

私達非定型の子は「学校で友達としていたことを家庭でもマネして親にする」のですが、その点で「親にしてはいけない」と言われても学校で人が人を叩いたのを見たことがある、やってた、また友達とやって楽しかった、と思えば簡単に親兄弟に「真似」としてやりはじめることがあります。そして百ぜロ思考があるので相手から「絶対嫌だ、やめろ」と強く反撃されないと、あ、やってもよさそう、と単純に続ける傾向が出ます。低学年の場合は閉じた世界で過ごしている時期なので、外の世界で言動したことは深く考えていない時期でもありますし、ダメだと本当の意味でわからない(わかりたくない=やりたいし、八つ当たりすると気分がすっきりするから)という、自分中心的な理由だけでやっている、家庭内だからこその特性全開部分が出てしまうことがあります。よって、「どの場所であっても暴力は不可」という外の世界のルールを徹底して教える=ストッパーが必要となります。

 

家庭内で手に負えない場合は、他者に入ってもらいます。「他人の目を気にする」お子さんで賢い部分がありますので、今回は特にその利用をおすすめします。以下がその例です。

 

・シルバーさんに、子供が帰宅する時間から寝る時間まで来てもらう。主に宿題の見守り、時間わり、寝る前の身支度のサポートをしてもらう

 

・学校の行きかえりを、ファミサポさんに担当してもらう。

 

・学校の放課後デイサービスではなく、お友達ができそうな塾に変更する。宿題を引き受けてくれる個別対応可能なところがよいかもしれません。

 

・またはできれば塾よりはお子さんが楽しめる「習い事」を見つけるのが有効です。ゲームが好きならプログラミング教室をおすすめします。自分でゲームアプリなどを作れるようになりますし、先生やお友達がみなゲームやゲーム作りが好きなので気が合うかもしれません。楽しければ、学校で抱えたストレスは消化できます。

 

などです。

 

他者を入れることのメリットは、

 

・「小学3年生の子が、母より上のポジションに立っている逆転現象が起きつつある状態」を、距離感を持つことで、正常な親子のあるべき上下関係に戻していく

 

・他人の目を入れて、お子さんの余力や頑張れる範囲、面倒くさがる特性が強く出ているのか、ストレスがかかってできないのか、を冷静に判断する(判断材料となる根拠を集める)

 

・家で親子で煮詰まるのを防ぐ(家でゲームをするのではなく、外でゲームに関わる習い事をすれば他人とのコミュニケーション、社会勉強、将来の仕事の準備、すべての療育にもなります)

 

この母親への暴力の部分に取り掛かると、読まれてわかるようにかなり全力で本気で子供と向き合い、話し、動くことが必要になりますので、親側でパワーがあり、また気力があるときでないと正直できません。

 

よって、回り道ですが、より楽なこちらの方を先にお勧めします。

 

2の好きなことをし、嫌いなことを癇癪で「やらなくていい状態」にするパターンを誤学習している最中

 

という点を、誤学習ではなく、「好きなことを全力でやる」方向にナビゲートしていく方法です。そのためには、お子さんが「最も興味あること」をネタにする必要があり、

 

「あまり好きじゃないこと」や

「飽きてしまいそうなこと」

「ネタは良くても、環境や場所、指導者と合わない場所を紹介する」

 

と、完全に外してしまいます。ですので、お子さんに「好きなことを全力でやる」場所を探すのだけ、時間をかけていっぱいさがしてみてください。今はネットでも探せますし、行きやすい近所を中心に検索するといいです。コメントの中ではゲームやマインクラフト、ユーチューブがお好きなようなので、同じ傾向の親族の子達が今夢中になっている

 

・プログラミング教室

・子どものユーチューブ作成クラス(個人経営のところが今のところ多いですが、たまに文化教室でもあります)

・ゲームアプリを作ろう(教室や自由参加のラボなど習い事的な感じ)

・ロボットをつくろう(週1回程度の実験ラボのような教室)

 

など、いくつか見学と体験をさせてあげてはと思います。習い事費用がかかりますが、5年も10年もするわけではなく、「本人が5年生、6年生になり心身が発達して、今より理性が育ち、感覚や視野も育って落ち着くまで」と考えてしのぐ費用として考えてみれば、療育費のような効果があると思います。

 

なにより、面倒くさがりな子の表の顔は「好きなことならする・できる」ですので、これは明らかに利点であり凸部分にもなります。ですので「面倒くさがりでやらない」凹み部分に取り組んで親子で嫌な思いをしつつ苦労をするよりも、「楽しいことを存分にして、人間力を上げる、気持ちのパワーを育てる、暇を無くして物事への集中度を上げる」など、楽に勝手に伸びる方向性を考えたほうがいいです。親の手も離れて万々歳です。

 

子供は好きなことに夢中になり、乗りに乗っている時は「嫌なこと」も少し、オマケ程度にやろうかな、とやれるようになります。好きなことを存分にして充実し、気分が高揚している時の子供は、親が思うより強く、無理せず頑張れる状態に変わっていきます。

 

心身が健康である、ということはこうやって言動がプラスに運ぶ魔法のような効果があるので、できるだけ「子供が好きで夢中になれること探し」はしたほうがよいと感じています。勉強は中学や高校で取り戻せる、好きなことを探してそこに夢中にさせたほうが、結局、心身が育って学習にも少しずつ影響していく、と感じています。

 

なにより、習い事や家の外で他人と趣味でつながっている子は自信をつけたり、家庭外で居場所を得て安定していくことが多いです。楽しすぎて疲れているのに気が付かない、という部分だけ気を付けて調整しないといけませんが。

 

以上、ざっくりと、でも長々と書きましたが、「特性部分をそのまま使う、使い方によって苦労したり楽だったりする」という部分が解決のキーワードかなと思います。

 

学校の行き渋りは、「面白くない」ことが一番の理由ではないかと思います。つまり、退屈、です。学校に行けばそこそこやれている、というのは「決定的な心理的な傷となるような出来事は特にない」ということでもあるかと思います。手を良く洗う、というのは、親族の子では常に消毒液を持ち歩く子もよくいますし、1日中洗面台の前にいる、という時間的にものすごく心配な時間数と水道料を費やす、という病的な感じでない限りは「マメに綺麗にする」性質として、そのまま見守っています。

 

お子さんには早めに、自分が好きなことを見つけて打ち込めるようナビゲートしてあげれば、ずいぶんと生活全般のハリが変わっていくと思います。発達凸凹の子は気分に左右されやすいので、楽しいことで充実していれば、多少のことを乗り越えていけるケースが多いので、凸部分で凹み部分を薄くする、マイルドにしていく方法をとることをおすすめします。

 

子供が好きなことがない、見つからない、と探しても探しても思うかもしれませんが、「嫌なこと、面倒なこと」がはっきりしている発達障害の子は、その逆=好むこと、も本能的に知っています。ただ出会わないから、食わず嫌いだから、見つかっていないのかも、という部分も考慮して、昔は興味なかったことも今はある、というケースも多々ありますので、家が好きでも案外ボルダリングなど体を動かすことがスッキリしていい感じ、という子もいるぐらいですので、「嫌いなことを消去」していく方式でもいいので、学校と家庭以外の場所で好きそうなことを見つけていく方向を考えてみてください。

 

 

最後に、

 

「スカイさんの親族は、親の意見を受け入れ素直に育っていっている子達ばかりですか?」

 

というご質問ですが、好き嫌いが激しくて、特性があり、学校に適応しにくい子が親の意見を受け入れる素直な子である・・・ことはまず、発達凸凹の子を育てている人だと、「それはない」とお返事するのではと思います。自閉しているというのは、ある意味、生まれた時は世界に「背を向けている」というのと同じ状態です。自分独自の繭の中、殻の中にいますので、親ですら、その「外の世界の一部」であり、自閉している子の中には入れてもらっていない、そこからスタートしているわけです。

 

よって、子供が「外の世界に興味を持つ」ように親側から子供の自閉世界に突入していき、子供が興味を持ちそうなことを手探りで探し、少しでも「親という人物」に気が付いてもらえるように子の五感を刺激し、子が親に少しの安心感と信頼を得るように・・・子の興味の先から、その次につながる「困ったことを共に解決してくる便利な人」として認識してもらい、自分のメリットになる人、という便利な人というような立ち位置から、少しずつ「親の与える情報は、外で使うと有効だ」と感じる経験を積み重ねて、小学校に上がるころには、「親が与える情報で、したほうがいいと言うことをすると上手くいった、したら困ったことになる、ということをしたら周囲から嫌がられた、嫌われた。面倒なことになった」というような体験を通じて親の言動の信ぴょう性を実験した後、それをベースに子側がやっと抱く「対話をしてもいい」という状態まで持って行くまで、かれこれ生まれたからずっと、ずっと片思い状態でやってきているわけです。

 

そのうえで、子供が「対話をしてもいい。上手くいく方法が知りたい。困ったことになりたくないから、その情報も知りたい」と思ってもらえる頃に、おっしゃるように「親の意見(情報)を受け入れて」くれることが増えてはきます。が、「素直」、というのは丸ごと信じ込む、ということでしょうか、親の言いなりということでしょうか、はたまた明るく反論することなく、ひねたり黙ったりネガティブな部分のない反応で、ということでしょうか、それよりも、紆余曲折せず、すくすく問題なく育っていく子、ということでしょうか。

 

そういうことを私達は子供に望んでいないので、「心根が素直で気持ちいい子」などの表現はよくしますが、「親の言うことを受け入れ素直に育っていく」子、という表現はほとんど、親族間では聞きません。だって、正直波があり、不登校もし、成人までにガタガタの定型路線を脱線しながら、また線路に戻り、などしている子がほとんどです。よって、本音を知る、困り感を知るため、親と子が泣いたりバトルする機会も多くなります。親が穏便に平穏に生きていたい、過ごしていきたいという思いとは逆に、20年を振り返ると荒波の子育て、ということがほとんどです。それでも、工夫したり対策して「安心、安定した生活」に戻るよう努めているので、感覚としては「安全な場所で安心して過ごした」と私をはじめ子側では感じています。

 

ついでですが、子が荒れる・泣き叫ぶのはある種、必要不可欠な要素です。親の言う事を丸呑みする、意見を交わさない、反論したりしない、というのでは逆に困るのです。子が嫌なことを親に伝えて、その対策を聞く、もしくは問題の原点を親が知る機会を持つ、ということに意味があり、子が泣いたり、あれいや、これいやと「言葉」を発したり、話さない子でも態度で反撃することで、その問題の根本はどこにあるか、をやっと発見できるので、泣き叫び、癇癪などは子供にはあって当然ですし、そこは問題ではなく、むしろ「なぜそういう状態になるかの根本的な困っていること・原因」を突き止めるきっかけとなる貴重なチャンスでもあります。

 

逆に発信のない・自己完結して大人しい子の方が問題が大きくなるまで親側が発見できなかった何かを抱え込みそうで、注意を向けるべき対象扱いです。受動型の子は用心しよう、と言い合う親族が多いのは、そういう意味で「認知の歪みから、ひそかに子が内側で育てている隠れた爆弾」を抱えていることもあるからです。

 

話さない子、大人しい子の場合は、通常、第三者の目を通して先生や専門家の意見を多々参考にしています。発達凸凹のある子は、なにかしら大きく表に問題が出てくる時期が遅かれ早かれありますので、上記に書いたように、自閉している子の世界に突入するような関わりは必須というか、していると思います。難しいことではなく、大人しい子が興奮するような楽しいことを、これか、あれか、と見つかるまでコツコツ探す、というようなことです。認知の歪みはないか、ポロッと常識とは外れたことを、たまにしていないか、時々、一人で泣いていないか、むっつりと起こった表情をしていないか、など、見て取るようにしています。

 

たぶんですが、定型のお子さんでも生まれてから成人まで、ずっと親の意見を受け入れて素直に育っている子、というのは非常に少ないのでは、と思います。言わないだけで、心の中で反論していたり、はいはい、と聞いているそぶりで、親のいない所で好きにふるまう、というのはティーンエージャーあたりから普通になっていくのでは、と思います。親族の定型の子たちは、そのあたり非常にうまいです。親に心配かけない程度にはいはい、という事を聞くようで、親は安心していて信頼していますが、実は行ってはだめなこと、してはダメと言われていることもこっそりしていたり、ということはあります。告げ口しませんが、子供自身に「ほどほどに」と伝えることがあるぐらいです。

 

子育ては、自分と違う人間と関わるので難しいですが、期間限定のお仕事で、かつ楽しくも苦しくも親側でも調整ができます。自分が難しい方法を取らず、わからないことは外の第三者の力を借りる、家と違う場所にお願いする、夫に時には丸投げする、子供が成長してきたら、弱った時には子に家族として頼ってみる、などいろんな方法が取れるので、ある意味、自分に余裕をつくる、自分がやりやすい方法を探していた方が子ともほどよい距離感が持てて、お互い息がしやすく、結果的に話ができるようになることもあります。

 

はるママさんの場合、会話が苦手なら会話に頼りすぎず、黙っていても共に楽しめる「アスレチックに出かけて2時間ほど共に過ごす」方が、楽しかった!付き合ってもらえた!という記憶も経験も味わえて、子には嬉しいプラスの影響をもたらすこともあります。話せないなら、共に出かけて楽しい行動をするなど、できることでやればいいわけです。

 

押してだめなら引いてみよう、というのもよく親族が煮詰まった親にかける言葉です。真面目になりすぎないこと、子どもには笑いが必要だよ、気楽さも必要だよ、お笑いのようなおふざけの時も必要だよ、親が真剣すぎると何十歳も年下の子供のほうが困るんだよ、と声掛けし合っています。親が子に関わるときには、こういう加減が難しいですよね。ブログの中の話を、子に向かって解説ばかりしているわけではないです。楽しくバカみたいに過ごすときと、言わないといけないときと、それこそ極端ですが、両親が気を抜くとき、頑張るとき、など割り切って過ごしています。

 

つらつらと書きましたので、現状を良く知らない他人のスカイには理解していない事も多く的外れなことも多々書いていると思います。ですので、いらない所は読み流してください。

 

 


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