ブログの更新が停滞していましたので、今日はいくつか記事をUPしたいと思っています。一つのテーマ記事の説明を、3つほどにわけてUPします。登場人物が3人出てきますので、分割したほうが良いと考えました。

 

では話の方に入ります。親族の子供の何人かが同時に似たような問題(課題)に出会いましたので、それをどう解釈して、どう向き合っているかについて書いてみたいと思います。

 

3人の親族、そのうち2人は都心に住まう子達ですが、田舎に住もうと都会に住もうと、子ども達は同じような問題・課題を抱えることが多いです。その一つに、

 

「自分はクラスの、ある活動のリーダーに選ばれたかったけど、クラスメートやチームメートから選んでもらえなかった」

 

「選ばれたいとは思っていなかったけど、『こいつだけは絶対やめておこう』と言われてショックだった」

 

「自分はまるでいないかのように、周りの同級生は当たり前のように『自分を外して』リーダーや役を決める」

 

と言う風に、自分がリーダーをやりたい子は選ばれないし、やりたいとは思っていないけど、最初から期待されない、もしくは最初から対象外扱いされることに少なからず傷ついている、という体験をしてます。

 

性格や性質はそれぞれに違い、1人は活発で外交的、友達も多く人気者ですがその反面、型破りなこともありますし、楽しい事を率先してやるので、義務である地味なことがおざなりになったりします。この点が、リーダーとして同級生は「素質はあるんだけど、リーダーをお願いするには不安要素が多い」と思われて選ばれない、というような子です。

 

もう一人は頭脳明晰で成績もよい分、自分を過信する部分があり、自分のマイナス面については注目しないという極端さを持っています。周囲の子達は、その子の「マイナス面」に困っていたり、やや問題だと感じている傾向があります。いわゆる、ワンマンタイプで周囲との協調性や謙虚さに欠けるので、他人に気を配りフォローをする、というお世話をするタイプではないと思われてしまいます。

 

そのため、リーダーの素養はありつつも、慕われる部分が少なく、人望がないので「自分は当然リーダーになる要件がそろっている」と自信を持っていても、ふたを開ければ、自分より勉強ができないけど人当たりが良く、自分が自分が、ではない押しが強すぎず、周りを立てるタイプということで、大多数がその子を信頼して支持するという結果になり、ショックを受けて憤慨する、という結果となりました。

 

最後のもう一人は、非常におとなしく、無口で穏やかに見えるため、あまりクラスでも存在感のある方ではありません。決して器用ではなく、でも真面目で、でも少し手抜きもするめんどくさがりな面もある、見た目とても普通の子です。ですがなかなか、見た目通りではなく、認知の歪み(というより認知の無知)が底にくすぶっているため、「黙ってあれこれ、不平不満を無自覚のうちに蓄積し、それが怒りとなってたまっているタイプ」です。そして、目立つ言動をしない性質なのに、少し目立ちたい・注目されたい願望も持っています。ですが自分であれこれ決めて率先してやるのは面倒くさがりな面が足を引っ張り、用事はやりたくないなぁ、と思う傾向もあり、希望や期待があるけれどそれに関して作業する気持ち(モチベーション)は薄い・低い、という傾向を持っています。

 

それぞれに抱えるものがあり、内面で葛藤し、悩むわけです。

 

この3人に、同じようなことを、同じように言ったところで「響かない」可能性はあります。あくまでも、「3人それぞれに、それぞれの個性に合った言い方や促し方で」定型の集団の考え方や、自分個人の捉え方、自分自身の個性を把握をすることの必要性、思うだけではなく実行することが大事という現実面の情報提供などをしていく必要があります。

 

ゴールデンウィークでそれぞれの親が経過を報告し合いました。

 

最初の一人目は、人が持てない能力を持っています。天性の人たらしの性質です。誰でも彼と話すと面白さ、奇抜さから「なんだかすごい」と思い、エネルギーにあふれていつも笑顔なので好印象を持ちます。ただ、「奇抜さ」の部分が世の中の常識を逸脱していることが多く、「ルール違反ではないけれど常識的にやらない方がいいだろう」というグレーな部分で大いに人と違う逸脱をやらかします。そこが魅力であり、人は「自分ならできないけど、気持ちがいいほど大胆にやるなぁ」と羨望される良い点でもあります。

 

ただ、それがリーダーシップとつながるかと言うとそうではありません。彼の個性はあくまで「個人プレイ」で目立つ、羨望されるだけで、「団体の中で取りまとめ役として、お世話できる気配りがきくトップとして、状況判断してベストな選択をし、それを全体に説明して導く」というような力にはなりません。

 

彼は、魅力があればリーダーにふさわしいと思っている節がありましたが、社会の会社勤めで上司の例をいくつか出して、リーダーであってほしい「会社側から見た理想の人」や「社員から見た理想の上司」を具体的に話して、「リーダーに必要な条件、素養」というものを情報として与えました

 

そうして出した結論が、「自分は副リーダーならやれるだろう、でもリーダーに自分のストッパーになってもらう必要が出てくるから、よほど気の合うコンビじゃないとやれないかも」という具体的な内容にまで至りました。親との話しでここまで理解できるようになったのは、彼の自分に対する「自分は確かに人から好かれる、魅力ある部分がある」という自信が彼を支えていたからです。

 

自分のマイナス面を素直に学ぶ力となるのは、自己肯定感があるからです。自分を肯定する要素が多いほど、自分のマイナス面を受け止める力になります。この子も、「人からあなたはどういう風に見られているか」という話を親からされたときはがっくりきていました。

 

例えば、友人と盛り上がると、音楽会の練習中だろうと脱線して楽しく盛り上がってしまう、でもその盛り上がった内容は音楽会の練習とは関係ないものであり、友人同士の交流という点では最高の時を持てたし、先生も「だらだらしていたのが盛り上がったからまあいい」と言ってくれたからOKかもしれないけれど、「その時にやるべきこと、やらなかったことは放棄している」という生徒にあるまじき無責任さを皆に目立つ形で見せてしまっているので、こういう面が、リーダーにしてしまうといざという時、脱線してしまい、リーダーが脱線して盛り上がっていると、ついてきている同級生全体が迷走して困る、しかも決定権を持つクラスのトップが自分にゆるいと、誰も止められないのでクラスがまとまらなくなる、という危惧を持つのだ、所まで話をしました。

 

必要なのは、皆に見せている行動面で「最低限の義務、やらないといけないことはやる」という事実を積み重ねて信頼を得る時間です。それは今までの積み重ねの中にはないどころか、信頼されない事実を積み重ねているので、同級生は良く見て最善の判断をしたのだ、ということです。ショックはありますが、自分はそうだな、そういうことあるな、と受け止めていました。

彼がリーダーになれるかどうかは、理解した後、信頼を得る行動を取ろうとするか、取れるかに関わっています。誰にも手伝えない部分です。彼の実行した内容次第なのです。

 

ここで一度話を切って、次の記事で2人目の話に続けます。

 

 

 

 

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