先の記事に続き、「勉強」というか、学びつながりでの下書き記事が少したまっていますので、UPしておきます。
私達の一族では、「学ぶ」ということに肯定的なイメージを持っています。
どんなことでも、学んで身に着けていると、その分だけ自分の可能性が広がり、進路や、将来の自立の道に選択肢が増えるからです。障害があっても自立して仕事をすることを当然として育ちますので、障害があるからこそ学校や組織という枠に守られない、「自分だけのスキル、自分だけの武器」が必要ですし、そのためには学びが一番よい手段です。学びの結果が仕事につながり、農業もその一つ、自営や在宅の仕事もその一つでしかありません。
私達の一族は、いろんな子が生まれます。生まれ持ったかなりきつい特性は赤ちゃん~乳幼児にとても顕著なので、その頃に「勉強」だの「学習」だのができる、と考える第三者はほとんどいません。
乳幼児健診では、気を使った保健師の方から、気を落とさないようにと声掛けされたり、発達相談や診断では言いにくそうに人より遅れがあり・・・発達が・・・と、あまり子どもに期待しすぎないようにとほのめかされます。幼稚園や保育園では奇妙なマイワールド全開の小さい異邦人で、脱走したり、なんにも興味を示さずふらふらと自分の内面だけを見て動いていたり、人に感心を示さずに、そこここでクルクルと回転していたりと、保護者の皆さんもなんとも言えず、とりあえず見守ってくれます。
そんな子どもたちなので、まさか勉強や学ぶ、ということができるのかと、第三者はほぼみなさん思っていると思います。ぱっと見たところ、精神がどこかに飛んでいっている子のように見えるからでしょう。
ですが、私達は「その子の特性」や「その子の外見」は、知性や学びについて何も反映していないと感じます。むしろ、人が考えない、感じないことを考えたり感じたりしているからこそ、定型の人から見て「奇妙で理解できにくい、マイワールド全開な子」であることが、本当のところだと思います。
私達の親族の子タイプで、世間から心配されるような特徴的なタイプについて一つ取り上げ、どんな学びからはじめているのかも少し書いておきます。
寝かせようとするだけで号泣、お風呂に入れると号泣、母乳を上手く飲めず、だからといってミルクもそれほど飲まない、眠りが浅い、どんな所へ連れて行ってもとにかく泣く、保育園や幼稚園での最初の1年間は慣れるまでとにかく泣く、集団での発表会やお歌など初年度で参加できることはほぼない、というような赤ちゃん~乳幼児は
あらゆる神経がむき出しで過敏になっている生まれたての時期なので、なれない感覚にパニックすることが多いのですが、そのデメリットはメリットでもあり、自ずと人の3倍、4倍の周辺の情報を選び仕入れる可能性を秘めています。
ですので人の話を聞いていないようで、実は聞いている可能性が高い。全くこの世界にいない、つながっていないように見えて、実は頭の中は彼・彼女なりの世界観が展開されている。そうでなければ、まず親のお腹から出て社会に出された時に、これほど泣かないのです。
その鋭い感覚を大事にしてあげることが、色んな学びにつながります。
人に興味が無い時代(乳幼児、児童期)に人との交流を推奨するのはあまり効果がなく、逆に泣かれて終わりますが、外の自然の中で好きに振る舞わせたり、いろんな仕掛けのある場所、電車を見たりおもちゃをいじらせたりもいいですし、音が出たり学び系の玩具や教材をその辺において自由に触れるようにしておくだけでも、1年目は知らないふり、2年目に突然夢中になる・・・ということがあります。
敏感であるから音が嫌いで泣く子が多いのですが、「うつくしい音」には興味を惹かれる子もいます。とても音の良い設備でオーケストラの曲をかけると、呆けたようになる子もいますし、バイオリンの音色に夢中になる子もいます。逆に、普通の人が奏でる音をとてつもなく嫌がるという傾向を見せることもあるので、「うつくしい音程のズレを感じさせないぐらい研ぎ澄まされたプロの音」でないと泣いてしまう、つまり本物の音が生まれつきわかり、それを好む、ということがあったりします。
このタイプの「どこから見てもおかしな不思議ちゃん、泣いてどうにもできない困った子」と集団組織では受け入れられにくい子が、家で上のような点にメリットを見出してたくさんの発見や「学び」の手助けをしてやると、宇宙語しか話さず、親ともまともに会話もできないのに、その子の頭のなかではある部分的な知識だけはどんどん先行していく・・・というような「芽」が出ることがあります。
親族のお兄ちゃんが使っていたはずのひらがなマシーンや、九九の計算などの教材をいじっているのを、そっと後ろから見ていると、全問正解していたりします。いじっているうちにパターンを学んで、正解が出る方法を身につけたようです。内容はそのままただ「入力されただけ」で意味合いはわかっていないのだと思いますが、こうした知識は「後で役に立つ」ので、ダメだと止めるようなことはしません。
またある子は、おじゃこの中から、細かい「別種」を小さい手で選別して、綺麗に整列させます。それが何であるか、魚の一種であるということは気がついていないかもしれませんが、完璧なまでに「種の選別」をしてしまうのです。その子に、いつか、いいタイミングでちりめんモンスター(チリモン)の本を提供すると夢中になったりします。
こちらがそのチリモンです。
チリメンモンスターをさがせ! [ き...
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ちょっとした、さかなクンの小型版のような子になったりします。
こうした子は、世間の学びの流れに乗れませんし乗せると後退しますから(合わないため)、普通級でぐいぐいと定型の勉強のペースを押し付けるとせっかくの「伸びしろと可能性」が凹んでしまいますので、支援級などに所属し、本当の意味の「彼・彼女にあったペースの、興味思考にそった勉強や学び」は家でネタを用意して、自分からやってしまうように環境(教材やネタの提供)だけ整えておくと、小学校が終わる頃には「あれ、この子もしかして秀才?」と言われるような子に育っていることも多々あります。
おまけで発語はついてくるので、他人との「会話らしい会話」がぽつぽつできるのは、時には中学入試が可能になる時期ぐらいだったりします。おそらく知識と言葉が、出力(頭から出す、口から出す行為)の低い技能でもなんとか使えるぐらいに貯まったから、できるようになってきたのかなと思います。
あとは、やっとこの中学にあがる頃になって、定型の子供さんの2歳から3歳ぐらいの「他人という存在が視野に入る、気になる、興味が出る」という時期に入ったから、というのも大きいかと思います。発語に一番大事なのは、この出力技能に応じて技能が低ければ低いほど蓄えが多いことで補う部分があるのかなと思うことと、この乳児並みですが、人へ、世界への関心が芽生えるということ、2つがそろうといい感じで言葉がコミュニケーションの言葉として、やっと本人に認められ、ぽつぽつと、使われるようになります。
このタイプの子は、周囲の同年齢の定型の子と同じ流れに乗せようとすると混乱とパニックに錯乱し、それに恐れおののいて恐怖に気を取られて何もできなくなる=伸びなくなるので、それさえ気をつけてあげれば、平和で穏やかな脳内世界を堪能し、自分の世界を維持しながら、とても時間をかけて、生まれ持った人と違う感性と独特のアプローチの仕方、潜在能力、狭い興味思考により、思春期頃までに思考力や学習能力、そのほかその子が興味がある分野ではかなりな成長を見せたりします。
ですので、人と違う発達の仕方をするから、順序が違うから、おかしいというのではなく、その子自身が「生きている生命力のある人間」ですので、その子の全体像を他人モデル(定型や同級生)に置き換えて考えるのではなく、その子モデルを見て、わかりにくいとは思いますが、はじめて使うスマホなどの機械や、初めて学び話そうとするスペイン語などの知らない言語に向かうのと同じで、その独特な子に、親にはできる範囲でかまわないと思いますので、手探りしながらいじったり試したりしながらなじんでいってほしいと思います。
また違うタイプについては、まとまれば書き上げたものをUPしたいと思います。