誰しも苦手な人っていますよね。
でも私は、長いこと「自分にも苦手な人がいること」を認めたくありませんでした。
子どもの頃から「マコちゃんは誰とでも仲良くできる子」だと言われていました。
そして、自分でもそうだと思っていました。
誰とでも仲良くできる = いい子
誰とでも合わせられる = いい子
そう思って子ども時代を過ごし、大人なってからも
私は、協調性がある = それが私の長所だ!!(むしろそれしかない!!)
と思ってたんですよね〜。
そう思ってたんですが・・・
相手のこともちゃんと理解したい♡
私のことも理解してもらえると嬉しい♡
お互いに分かり合える関係がいいな♡
と、思ってたんですが・・・
『別に分かり合えなくてもいい』
『自分のことを知って欲しいとも思わない』
『理解しあえないものだと思ってる』
『あんまり他人に興味ない』
みたいな人も、結構いる。
このことを知って、ショーゲキを受けました。。。
私が相手のことをいくら
「知りたい、理解したい、わかりあいたい」
と思っていても、しょーがないのだと。
相手は
「別に理解して欲しくない。知りたくもない。いらない。」
と思っているんですから。
「お互いのことを理解することはいいこと!
理解しあえるまで、とことん話し合うべき!」
という、ベッタベタでウエッティーな付き合い方を好むタイプもいれば。
そういう関わり方を好まない、必要としてない。
サラッサラ・ドライな付き合い方を好む人も、いるんですよね〜。
このことを40手前に、ようやく理解した私。
今まで付き合いのあった友達や先輩後輩、知り合いの人たちの顔がいくつも浮かびました。
恥ずかしっ!!(顔から火)
そんなんで、よく
「誰とでも仲良くできる、協調性があります♡」
なんて言えたもんだなって。
私が、周りの人たちに合わせてたと思ってたけど
周りの人たちだって、私に合わせてくれてたんじゃないか、と。
謙虚なふりをして、とても傲慢だったんです。
冒頭に戻りますが、
私にも苦手な人はいる、ということを今は受け入れています。
また、私は、人に対して「理解したい、お互いにわかりあいたい」という気持ちが強いです。
ですが、「相手も同じとは限らない」ということも今は受け入れています。
相手が望まない(別の価値観がある)のであれば、私の望み(価値観)を押し付けることはできないのですよね。
自分の価値観を知る。
相手の価値観を知る。
どちらか片方でも足りない。
どちらも必要なんだなー、と思っています^^
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

