ある日の早朝
菊花診療所の診察室で
ウンスの目の前を
分厚い医学書がビュンと飛んだ
ちょっと
あなたたち
久しぶりに会ったっていうのに
また喧嘩しているの?
いい加減になさい
一体何があったのよ??
母親の小言が聞こえたが
ユニョンは構わず
今度は
手近にあった桶をつかんだ
慌てたウンスは
さらに大きな声で娘を制する
ユニョン
やめなさい
ここは怪我を治すところで
怪我するところじゃないのよ
だってオンマ
イサが悪いのよ
イサのばか
絶対許さないから!
イサは弱りきった顔で
ユニョンに言い返した
だから誤解だって
言ってるだろう
ちゃんと人の話を聞け
ユニョン
知らない
嫌いよ
嫌い
オンマ 男って
みんなそうなの?
綺麗なお姉さんが
好きなの?
なんの話?
ウンスはキョトンと
聞き返した
すると今度はイサが
助け舟を求めてきた
ユ先生
なんとか言って!
ユニョン
誤解しているんだ
話も聞きやしない
だって事実じゃないの
一晩妓楼から
帰らなかったって
知っているんだから!
あぁあああ
それか・・・
ウンスは喧嘩の原因を
ようやく合点した
娘のユニョンと弟子のイサは
一年前に互いに想いを告げ合い
両親公認の恋仲になった
しかし
歳が離れているせいか
赤ん坊の頃より
知っている仲のせいか
甘い恋人同士というより
会えば喧嘩が絶えない仲
たまにしか会えないのだから
もっと仲良くすればいいのにと
二人の小競り合いを目にすると
ウンスはいつもそう思う
だが
これが二人の愛情表現なのかも
しれないと思い直し
最近では諦めている・・・
ユニョンは相変わらず
貿易商の仕事で
国中を飛び回り
時には語学力を活かして
他国へも足を延ばす
イサはイサで
診療所の医師として
また典医寺のご意見番として
診察に明け暮れて忙しい日々
二人が
仕事熱心なのはいいけれど
想いを確かめ合ってそろそろ一年
ユニョンはいつ嫁に行っても
おかしくないはずなのに
嫁入り話も
まるで進まない・・・
そして父親チェヨンは
話が進展しないことを
これ幸いと行った風だから
母親としては
余計にややこしい立場だ
あのねユニョン
妓楼は私が頼んだのよ
だって昨日ユニョンが
都に戻るなんて
知らなかったんだもの
知っていたら
誰か他の医官に頼んだわよ
ウンスとイサが
健康診断に訪れた妓楼で
病に倒れた重病の
キーセンがいて
寝ずの看病が必要だったのだが
夫チェヨンがウンスを
妓楼に留め置く事に
難色を示し
夕方には連れ帰ってしまった
残ったイサが明け方まで
見守ったのだ
高熱が続いて危なかったの
昨夜が峠だった・・・
そんな患者を医者として
放っておけないでしょう
でも私の配慮が足りなかったわ
イサ一人を残して
帰るべきじゃなかった
ごめんなさい ユニョン
イサは悪くないのよ
母親の詫びで
ユニョンの態度は
少し軟化したが
まだふくれっ面のままだ
そうだ!
せっかくの再会だもの
イサ 今日は診療所を
お休みしたらいいわ
私がイサの分も担当するから
イサはユニョンと
過ごしたらいい
再びウンスの助け舟
けれども今度は
イサが顔をしかめた
そんなこと言って
ユ先生一人じゃ
大変だ
診療所は連日患者が
満員御礼状態で
大忙しなのだ
あら
これでも以前は
医仙という名を
欲しいままに
都で活躍したものよ
まあ 今では
縫合の腕も診断も
イサの方が上だけど・・・
でも大丈夫
私に任せて!
いざとなったら
チェ先生を引きずり出すから
典医寺を辞して
悠々自適な隠居生活を
送っているチェ医師は
昔も今もウンスの理解者
その彼に白羽の矢を立て
にっこり笑った
ユ先生
本当に大丈夫?
本当に本当に?
訝りながらも
ご機嫌斜めなユニョンの
機嫌取りのため
イサは診療所を後にして
一緒に出かけることにした
買い物がいいな
市場に行こう
子ウサギのように
イサの周りを跳ねながら
ユニョンは ねだった
市場か?
ユニョンが知っている
外国の市場の方が
大きくて
楽しいんじゃないか?
今更
都の市場で満足できるかな?
何気なく答えたイサの
言葉が癇に障る
イサはどうしていちいち
神経を逆なでするのよ
私はイサと買い物に
行きたいだけなの
明国の市場には一緒に
行ってくれないでしょう
膨れた顔は
母親そっくりだと
イサは苦笑した
幼い頃からユニョンは
イサには
なんでも打ち明ける
それは信頼の証だろう
が
歯に衣着せぬ物言いで
イサをやり込めることも
よくあった
気が強く
しっかり者というのが
皆が思うユニョンの性格
でも実は
痛い思いをしても
悲しい思いをしても
一人でじっと我慢して
笑顔の裏に
涙を隠すのがうまい
だから
ちゃんと見ていないと
ほんとの気持ちを
見逃しそうで心配になる
昔から
そんな目の離せない娘だった
何か欲しいものでも
あるのか?
イサは聞いた
え?買ってくれるの?
そりゃあ 欲しいものは
たくさんあるわよ
簪でしょう
指輪でしょう
新しいチマチョゴリもいいな
綺麗なもの 可愛いもの
たくさん
イサの買ってくれるものなら
なんでも大歓迎
おいおい
オレの禄じゃ
そんなには無理だぞ
えええ
オンマに言わなきゃ
イサの禄を上げてって
そう言いながら
ユニョンはイサの手に触れた
握り返してくれるかと
期待したのに
イサの手はそっと離れた
ねえ イサって
私のこと本当に好きなの?
ああ?
何か やらかしたか?と
イサは ひやりとして
みるみる頬が膨らんでいく
ユニョンの顔を見つめた
イサは
本当はオンマの手前
仕方なく
付き合ってくれてるでしょう
私のこと放っておいても
平気なんでしょう?
どこへ行こうと
気にするそぶりを
見せたことないもの
どうしてそうなる?
怒るぞ
だって久しぶりの再会なのに
手も繋いでくれないもの
子供の頃の方が良かった
肩車してくれたり
抱っこしてくれたり
ユニョンの反駁に
今度はイサがむくれた
愛しい人が
危険な旅に出かけるのが
平気な男がなど
いるわけはない
だけど
それでも送り出すのは
ユニョンの願いを
知っているから
ユニョンの心の奥を
知っているから
ユニョンには
自由に羽ばたいていて欲しい
帰ってくるのはオレのところ
必ず戻ってこいよ
そんな思いでいつも送り出す
だがそれをユニョンに
伝えたことはない
イサ
手も握らないし
恋人同士なのに
ポッポもしたことない
往来でそんなこと
できるか
ヒョンでもあるまいし・・・
ユニョンにも
体面があるだろ?
イサは言い返したが
ユニョンは納得できず
文句たらたら
イサにも
反論したい気持ちは
山ほどある
触れたい気持ち
奪いたい気持ちを
どれだけ我慢しているか
ユニョンこそ
わかっているのか?
悶々としているのは
オレの方だと・・・
だが
十七歳の年の差は
イサを臆病にした
おまけに
父親はあのチェヨン
つい手が出ましたでは
シャレにならない
だからこう言う時は
ユニョンの言い分を
右から左に流すに限る
そうよ!
うちの両親のラブラブ具合
知ってるでしょう?
子供の頃から朝に晩にと
子供の前でもお構いなしで
ポッポを見せつけて〜
でも
オンマが幸せそうで
子供心に私は嬉しかったの
私はイサの気持ちが
わからないわ
好きな相手に触れたいと
思わないの?
そんなに私に魅力がない?
幼い娘にしか見えないの?
私のこと幸せにしたいと
思わないの?
幸せに・・・したいに
決まってるだろ
ユニョンの詰問が続き
だからつい
つい魔が差したのだと思う
いつもなら
笑って受け流すはずが
つい・・・
幼な子に見えないから
困ってるんだ
オレにとってユニョンは
紛れもなく女だよ
眩しくて仕方ないんだ
ユニョンのこと・・・
だけど
本当にオレのものに
してもいいのか
手に入れていいのか
オレ自身 戸惑っている
親子ほど離れているんだぞ
ユニョンになら
他にもいい相手が
わんさかいるだろう?
またそれ?
ばか!ばかばかばか
いいに決まってるじゃない
他の誰のものに
なれって言うのよ
私はイサじゃなきゃダメなの
早く手に入れてよ
私を欲しいって
全然言い出さないじゃないの
このまま私を
ハルモニにする気?
イサは泣き顔のユニョンを
ぎゅっと抱きしめた
ユニョン・・・
オレを煽ったこと
後悔するなよ
望むところよ
売り言葉に買い言葉の末
二人の唇がようやく触れ合った
オレの姫・・・
オレだけの姫・・・
もう決して離すものか
誰にも渡すものか
ヒョンにも誰にも
ユニョンを思う気持ちは
負けないから
イサは金木犀のような
甘い香りがするユニョンの
耳元に向かって囁いた
第1話にコメントをたくさん
いただいてありがとうございます
そうそう そうだったなぁ〜と
振り返りながら
また新鮮な気持ちにもなって
コメントを読ませていただきました
ありがとうございました
で
過去を遡って
「イサの恋物語」は
いつ書いたんだっけ?と
探してみました
タン祭の御礼話として
アメンバー様それぞれの
メッセージに
お届けしたのが始まりで
その後
年に一度のペースで
全部で4話書いておりました
今日の話は1話目の話から
一年経った設定の話です
徐々に二人の間が縮まって
でも じれじれのままで
さてこの先
どうなるのでしょう?という
ところで終わっております
どうぞ
またおつきあいくださいませ
安寧にお過ごしくださいませ〜