「先入観」で反省した話。 | 斎木のチャネリング

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現実的にわかりやすく、次の一歩に向けて伴走します。

私にはもう一つの名前があって

Ma Deva Anita  (デヴァ アニータ)


これは、インドの神秘家OSHOのサニヤシン
自分の人生を探求していく瞑想ネームです。



数年前にいただいたわけですが

聖なる贈り物、という意味のこの名前を
とても気に入ってるし


瞑想を通してたくさんの体験をしてきたし
手放してきました。



それで、今は、「わっこ」「アニータ」「アニちゃん」なんて呼びたいように呼んでもらってます。




それでね、
ここんとこ出会う人たちが、この名前をバカにします。


昔、何億円の横領事件?があったでしょう
チリ人妻のアニータさん という。

わかります???


わかる方はおっさんおばさんです!!(暴言)




まあ一世を風靡して連日ニュースにもなってたので私も確かにアニータと聞くと
ああ、なんかそんな人いたかも…くらいの記憶あります。


しかし最近出会った人たちは

「あらーアニータ?そんな名前なの?
犯罪の匂いがするわねぇ〜」とか

「あなたもあのくらいお金稼げるといいわね。あ、自分でじゃなくて愛人みつければいいのよね」

「聞いたことある名前ね、悪女よね」

「あら!あんな人と同じなの?あの事件名前からその名前なの?後から?なんでそんな名前にしたの?」


などなど、
これ数人に立て続けにいわれ
鼻で笑われたりしていたのです。




私自身はそんなことでは全然傷つかず

うっせーばばあ!(コラ
じゃあ世の中の犯罪者あつめたら
お前の名前もなんかあんだろ。

くらいの気持ちで

「あーなんかいましたね〜^^(外向きの笑顔)」


なんで流していたんです。



だって私の名前はとってもスペシャルで
OSHOとの約束(というのもなんか違うけど)
私にとっては神聖な契約なのです。




で、でです。



つい先日に若い女子3人組のお客様がきました。




私が、「どうもアニータでーす」って言ったら

「アニータ!」
「アニータ笑笑!」

と顔を見合わせてクスクスと笑ったのです。




咄嗟に私は

「あー例の、あれですか?横領の。
同じ名前なんですよねーー」と

少しヤケ気味に切り返してました。


無意識に、です。




そしたらその子達は

「え?横領?チリ?
私たちの知ってるアニータはいつも笑顔で料理の上手なアニータさんです」

「そう!友達にいるんですよ!南米からきたアニータちゃんが」

「私たち彼女の料理にハート鷲掴みにされてて…」

「いつもニコニコしててめちゃくちゃ優しい!」

「太陽みたいな人だよねーーっ」


と話してくれました。

彼女たちは若くてチリ人妻の横領事件の話は全く知りませんでした。



えーーそうなんですねぇーー

と言いながら、私は顔がちょっと熱くなるのを感じました。

シェイム。恥です。



いつも名前でバカにされるから。

私はそれを受け取らないとしていたのに

しっかり受け取って、

条件反射的に防衛で切り返してしまった。




自分を下げて、笑いを取るような

そういうやり方は世間的なコミュニケーションでは有効です。

相手はこちらを「いい人」とみなします。


いい人、は実はどこか格下で
安全な人なのです。


 うっせーばばあ、とか思いながら

私はそういう人たちの下にスッと滑り込んでいたのですね。



うわー、うわーー、なんか恥ずかしいっ




これからは、「アニータです」と名乗って


「あらぁ例の…?笑」 といわれたら


「あー、それ言ってくるの年寄りなんですよねぇ」
と真顔で返したいと思います!!


冒頭に戻る。
(おっさん、おばさんの暴言へ)




先入観があると、どうしてもその形の中でしか物事を見ることができないのだなと

おばさんたちの言動からもみえるし

私自身も何度も言われると無意識に吸収してしまうことを知りましたよ〜



ということで、

関わる環境、場、人、はとっても大切ですね。



例えば子供の頃から親に「バカ」だの「ブス」だの言われてた人は大人になっても自分の基準がバカでブス、から抜けられません。

それは毒親〜とかいう言葉では解決せず
自分を責めて、自己肯定感をあげよう!とか
自己啓発しても変わりません。


単なる刷り込みなので違う習慣をつけるだけ。



その一歩となる、違和感や気づきを得るのに


アクティブ瞑想は有効です。


12月にそんな会やろうーーー(いま書いてて決めたw)




体を動かしてマインド(思考)を発散させて
今の自分を感じるような瞑想やワーク。

参加したい方はぜひメールやメッセくださいね!