ハーディーです🗽
2025年が明けた4日初仕事した後、正月休みの
残りを使って急遽、3泊4日での行程を組む事にし
関西の方で気になってた製作体験ミュージアムと
初詣をセットにしたお出かけを敢行することに
相成りました🎍⛩️🚃
お出かけ2日目1/6(月)早朝に大阪天王寺駅を
JR阪和線1番電車で出発するものの、雨模様の
急転で隣市鳳駅での様子見途中下車🧍▶️🚉

その後昼前に、雨も小康状態となり午後1番の
快速電車で紀伊の国•和歌山県へ再移動です▶️
それから約1時間程して、午後2時過ぎようやく
県庁所在地の終着ターミナル和歌山駅到着🚉🔚

ここから、制作体験を行う会場施設へとより近い
最寄り駅に向かう為、JR紀勢本線ホームへ🚶🚉

その本線•最西端終着駅へは、当駅から和歌山市
駅間を往復運行するワンマン電車で🚃▶️

そして、この電車に乗車で7分少々進みまして⌚️

本日の予定目的地近くの駅にて下車🧍▶️🚉
制作体験ミュージアム会場へと辿り着きました🏢
そんな旅目的の1つを消化しようと開催時間内に
伺ったのですが、この日の受付予定数は終了🔚
というこで、残念ながら駅へ引き返すことに🚶
▼南海和歌山駅ビル全景🏢

なんかここまで、なりゆき旅の悪い流れとなって
しまっておりますが、あとは電車に乗りながら🚃
宿泊場所と夜御飯等を検討します🛌🍲🍺🤔
▼JRホーム連絡通路🚶▶️🚉

で、再び駅構内に戻り、ホームをチェック✅
▼南海電鉄3•4番線ホーム↕️🚉⬆️

南海電鉄ホーム側は、JRからの通し番号にて
3番線より設定され、この画像中央の行き止まり
頭端式ホームは南海電鉄加太(かだ)線が使用🚉🔚
▼南海仕様駅名板🪧

▼7100系•めでたいでんしゃ(謹賀新年HM付)🎍

その先の3番線には、散策してる間にてちょうど
同線観光列車の1編成赤い電車を拝見です👀🚃
そのうち、来た時より冷え込んだJRホームには🚉

折り返し227系電車の和歌山行きが入線🚃▶️

▼2番線•和歌山駅方面先端🚉⬆️

早々に暖房の効いた車内へ入り、和歌山市駅を
あとにしました🚉🚃▶️
それから、乗車して数分後⌚️⏳️
和歌山駅方面途中の高架線上にございます🛤🌉

中間駅を、訪問するためこちらで下車▼

●●紀和(きわ)駅🚉●●
和歌山県和歌山市中之島地内に所在します🏠️
当駅は開業当時、紀和鉄道初代「和歌山駅」を
名乗りまして、市内玄関口となる機関庫を持った
広大な駅だったようです。🏠️🚉🏭️
▼改札口及びホーム•和歌山市駅方面🚉▶️

駅構造は、単式ホーム1面の棒線形高架駅↕️🚉🌉
▼ホーム和歌山駅方面🚉▶️

かつて国鉄時代に、所属•和歌山線と紀勢本線が
乗り入れる単式ホーム1面と島式ホーム1面をもつ
複合2面3線の地上駅構造でしたが、当駅方面の
和歌山支線廃止や紀勢本線の急行発着もなくなり
駅構内が単式ホーム1面へ縮小されたのちに
▼高架駅全景🌉🚉

駅周辺の立体交差化によって、平成20年10月に
現在の高架駅へと変わりました🛤🚉➡️🌉🚉
紀和駅訪問した後は、高架線下の旧和歌山線が
繋がっていた地上線沿いを進みまして🚶▶️
▼旧和歌山線ホーム跡周辺

和歌山駅手前の阪和線が通る築堤部下に隣接の
紀伊中ノ島(なかのしま)駅へ着きました🚶🚉
ご覧のとおり、画像中央の白い柵の所に昭和49年
まで使用された和歌山線ホーム跡が残ります🚉
▼駅舎全景🏠️🚉

当駅は、JR阪和線の前身となる阪和電気鉄道の
「中之島停留場」として昭和7年1月に開業🚉🎊
(その後、同年同じ1月内に「阪和中之島停留場」へ
改称✏️この当時は、現在地より北に102mほど
離れた場所に駅があったそうです🔼🚉)
▼ホーム連絡通路内🚶▶️🚉

それから遅れて3年後の昭和10年1月に鉄道省•
和歌山線の「紀伊中ノ島駅」が現在地あたりに
開業して、阪和電気鉄道「阪和中之島停留場」も
そばに移転しまして、双方駅舎を持った状態より
翌11年6月から共同使用となりました🏠️🚉🏠️
そして、同年9月には阪和電気鉄道駅名が現在の
「紀伊中ノ島駅」へ改称と同時に駅舎撤去🏠️❌
鉄道省(国鉄)側の古い駅舎が残る今の形へ🏠️🚉
▼駅改札口🎫💳️

それで開業からの和歌山線通常ルートが当駅手前
田井ノ瀬(たいのせ)駅より貨物短絡線を使用して
和歌山駅(当時は東和歌山駅)へ直接乗り入れる
ようになることで、紀和駅方面に延びてたルートが
昭和47年から支線扱いを経て、2年後先の同49年
10月に廃止となった後、阪和線の所属単独駅へ
変わっております↕️🚉↔️▶️↕️🚉
(これにより、初代和歌山駅を名乗ってた紀和駅は
現和歌山駅へ名称を明け渡すこととなりました。)
ここで、和歌山駅周辺のJR線ルート状態を
地図で確認しようと思います🗺️📍🛤🚃
分岐されていて、北東へ阪和線(線路が合流してくる
辺りに紀伊中ノ島駅)、南に紀勢本線(きのくに線)と
西にカーブしている同路線•紀和駅方面、そして東へ
カーブしてる和歌山線(田井ノ瀬駅方面)があるのが
分かります↖️⬆️🛤⬇️↗️
さらに、ノーマル地図にて紀伊中ノ島駅付近を
拡大させたもので解説していきます✍️

まず、明治31年5月に和歌山線一部の前身になる
紀和鉄道が画像右•田井ノ瀬駅(旧岩橋駅)方面から
紀伊中ノ島駅付近を横切って(紫ライン)、画像左の
紀和駅(旧•初代和歌山駅)へ先に開業します🛤🚉🎊
それから、同36年3月に南海鉄道(現•南海電鉄)が
和歌山市駅まで延伸開業した際、紀和鉄道側とを
結ぶ紀和連絡線(現•紀勢本線部分)が繋がりました。
(その翌37年内、和歌山線前身(紀和鉄道を含む)3社が
関西鉄道に買収譲渡されています)
その後、関西鉄道は明治40年10月に国有化して
同42年に奈良王寺駅〜和歌山市駅間が和歌山線
として認可されました🛤✒️
また、現•紀勢本線が全通する前の紀勢西線にて
初代和歌山駅から東和歌山駅(現•和歌山駅)を通り
箕島(みのしま)駅までが大正13年2月に開業して
2路線が入る乗り換え駅となります↕️🚉↔️
一方阪和線(旧•阪和電気鉄道)は、大阪天王寺駅
(旧阪和天王寺駅)から和歌山線をオーバークロスし
昭和5年6月に阪和東和歌山駅(現•和歌山駅)の方へ
繋がる形にて開業しております🛤🚉🎊
(この阪和電鉄が、大阪方面より東和歌山駅と直通する
ことで、初代和歌山駅の存在が薄れていきます。)
そして先に述べましたが、昭和7年に分岐器•信号機の
持たない阪和中之島停留場(開業時は中之島停留場)
として、和歌山線との交差地点より北の少し離れた
場所に設置開設され、その後阪和電気鉄道と交わる
地点に昭和10年、和歌山線の紀伊中ノ島駅も
開設された事で、阪和電鉄側もその地点に移設して
同停留場名へ改称し、こちらも2路線乗り換え駅と
変わりました↕️🚉↔️
そんな阪和電気鉄道は昭和15年12月、国有化する
前に南海鉄道へ吸収合併されますが、のちに同19年
5月にて日本国有鉄道(国鉄)の阪和線となりまして
紀伊中ノ島停留場も駅へと変更されます🚉
そうして両路線接続された後、和歌山線の方では
昭和36年7月に、地図内の紫矢印で示しました経路
(田井ノ瀬〜東和歌山駅間)で貨物支線として運用を
開始する中、同37年12月に(初代)和歌山駅方面の
貨物営業は廃止となります📦️❌で、その翌38年
10月のダイヤ改正以降、東和歌山駅方面には普通
列車が運行され始めまして🚃正式にて昭和47年
3月より紫矢印コースで旅客営業開始することとなり
現和歌山線ルートが確立されたという訳です🚃🛤
(あとの流れは、先に述べたとおりとなってます✍️)という感じで、現在に至る阪和線と和歌山線の
過去の経緯を現場で少し確認させてもらった後は
▼ホーム和歌山駅方面🚉▶️

旧和歌山線ホームを経由する阪和線改札を抜け🎫
盛土された高架線上のりばへ登ってきました↗️🚉

●紀伊中ノ島駅🚉●(JR-R53)
和歌山県和歌山市中之島地内に所在します🏠️
▼阪和線•駅名板🪧

▼ホーム•大阪天王寺駅方面🚉▶️

駅構造は、先にも述べたとおり停留所タイプとなる
相対式ホーム2面2線の高架駅🌉🚉⬆️⬇️🚉🌉
そして、和歌山駅管理の無人駅になります👮❌
▼発車標とホーム全景📟🚉

ホーム内も拝見後は、16:30発の紀州路快速で
大阪方面に一旦戻りながら、夜御飯の場所へと
移動するのでした🚃▶️
以上、ここまで🔚
次回に続きます✏️⏩
ではまた🍵

