友人H | 明るい家族生活!

友人H

昨日の瞬間移動は、あの時だけである (ノ´∇`*)期待した?スマン  

 

 

昨日の夜、がん専門看護師の話がテレビで放送された。 

 

  

天国へのカレンダー (リンクありです)

 

 

看護師80万人の中から今現在44人しかいないらしい。 


  

彼女が活躍していた頃は、30人しか居なかったようだ。 


  

彼女が亡くなったのは、がん患者にとっても惜しい存在だと思う。 

 


 がんの介護のスペシャリストである。 

 

  

そして、私にも、Hと言う名の惜しい存在の友人が居た

 

 

この友人H (人´∀`).☆.。.:* 


  

不思議な体験を数多く起こしてくれているが、 

 

 

それは今度書く事にしよう(^m^)ご期待あれ

 

 

彼女 H との出会いは、高校の入学式だ 

 

 

あぁ、でも、この日は覚えてないや(:D)┼─┤バタッ 

  

 

私の高校には、普通の教科も勉強しながら、看護の勉強もする。 

 

  

看護師になるための、最短コースになる衛生看護科があり、 

 

 

私はそこの学生になったのだ o( ̄ ^  ̄ o)ドダ 


 

毎日、6時限まであり、7時限まである曜日もあった Σ( ̄△ ̄;)


  

そんな中、彼女は私によく話しかけてきた。 

 

 

一緒に帰ったり・・・・と言っても、逆方向なのにね(w 

 

 

そんな彼女ががんに侵された事が判明したのは、 

 

17歳 高校2年の春だ。 (´Д`;)

 

 

疲れやすくなったらしいが、私たちには何も言わなかった。 

 

 

地獄の山道マラソン大会が終わって数日後の事だ。 

 

 

病院で勉強を終えた私と一緒に学校のバスに乗るはずだったが、 


  

「乗らないの?」 

 

 

H「今日はちょっと行くところがあるんだ」 


  

「ふぅん、じゃぁ、バイバイ」 

 

 

H「バイバイ」 

 

 

これが彼女と交わした最後の言葉だ。 

 

 

次の日、入院した彼女は、8月のある日に亡くなった。

  

 

そんな彼女の夢は、 

 

 

聖マリ○ンナ大学病院に勤務する事だった。 

 

 

決めた理由? 

 

 

制服が可愛かったからだって(人´∀`).☆.。.:* 

 

 

彼女が、白衣に腕を通したのは、1度だけ。 

 

戴帽式と言う、ナースキャップを授かる日だけだった。 

 

 

しかも、自宅でコッソリと行われた。 

 

 

そして、パソコンの隣には、彼女のその時の写真が飾ってある。 

 

 辛くて辞めたくても、自分の未熟さに泣いた日も、彼女が言っている。

 

 

 「私のかわりに夢を叶えてよ。看護師でいて」と・・・・・

 

 

今日も、彼女と共に生きる林檎です。