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怒りの炎は、自分でせっせと薪を焚べ続けない限り、自然に消えてしまう。


お風呂に入った後、長男に対する怒りがスーーっと消えていることに気付いたとき


そんなことを思いました。






私は昔から、過去の嫌だったことを鮮明に覚えているタイプで


「上司に言われて嫌だった!」とか


「あの友達の態度で傷ついた!」とか


「旦那さんの言葉で許せなかった!」とか






そういったことを思い返すと、まるでその当時の瞬間のように


いつもリアルな感覚が蘇っていたのです。






だけど、そんな風にしっかりと記憶に刻まれている「許せない事柄」を思い返してみると…


何度も何度も、自分から記憶の蓋を開けて


何度も何度も、そのときの状況を頭の中で再生して


何度も何度も、いやーーーな気持ちを味わってた。






初めて訪れたヴィーガンカフェ☕️ひよこ豆のチーズケーキ、あと5個くらい食べられそう(おいしかった)🤤






つまり、自然にしていたら消えてしまっていた「怒りの炎」に


自らせっせと薪を焚べて、大きな炎にしていたのです。






そういえば「許せない事柄」と聞いて思い出されることの中に、最近起きたことはひとつもなくて


10年近く前のものだったり


20年近く前のものだったり


古いものだと、なんと30年近く前の出来事だったり(!)






そういえば、自分の思考に意識を向けるようになってから、わざわざ嫌だったことを何度も味わうことがなくなった。






だけど、自分自身に意識を向けていなかった頃の私は、自分でも気付かないうちに


嫌だった出来事を何度も何度も大切に味わって、嫌な気持ちを思い出して、怒りの炎をどんどん大きく燃やし続けていたのです🔥






怒りはもちろん、喜びも、悲しみも


どんな気持ちも自然に任せていたら、水のように流れて移り変わる。






だけど、そうならない場合。


特定の出来事を思い出しては、そのとき感じた気持ちを永遠に感じ続ける場合。


さらに、時間が経てば経つほどその気持ちがどんどん大きくなっていく場合。






そんなときは、


何度も何度も、自分から記憶の蓋を開けて


何度も何度も、そのときの状況を頭の中で再生して


何度も何度も、いやーーーな気持ちを味わっていないだろうか?






怒りの炎に、せっせと薪を焚べ続けていないだろうか?






それを、自分自身で確認してみる必要がある。


週末「怒りの炎」が大きく燃え上がったことをきっかけに、そんなことを考えていました。