今回は、11日と12日の二日間福島で活動しましたので、(その1)と(その2)の2回に分けて活動報告をさせていただきます。
本日は、(その1)です。
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世界を震撼させた「天災」、東日本大震災
そして、悪夢のような「人災」、福島原発事故
この日が近づくと思い出したかのように報道関係者が被災地に集まり、テレビでは「被災地の今」が流れます。
まるで風物詩のようになってしまった感が否めないと思う方も多くいるはずです。
私もその一人です。
この時期はいつも以上にテレビは見ないようにしています。
被災者や被災地に関わっている者からするとあれほど嫌なものはありません。
年に1回の「3.11」の、その日だけでなく、
あの日から毎日、この6年間毎日苦しみが消えることがないのですから…
今回、あの忌まわしい日からまる6年を迎える日その「3.11」に、被災地で活動をしました。
夜中に福島に向かうせいもあり常磐道はいつもはガラガラなのですが、この日は信じられないほどの交通量でした。
年1回の「3.11」だから被災地に出向く人が多いからです。
これだけの人が集まるのですから、今回は保護は無理だと思いました。
それでも一応朝イチで「パステル三毛さん」の給餌ポイントだけは、捕獲器を設置しました。
この画像は、定点カメラに写っていた「パステル三毛さん」の最新画像です。
給餌器に入れておいた「美味しいご飯」が無くなってしまい、「パステル三毛さん」は「美味しいご飯」を届くのを待っていたようです。
私には姿は見せませんが、定点カメラの画像を見てはこのような姿を目にするたびに可哀想で心が締め付けられます。
早く助け出してあげたいのに、捕獲器の怖さを知ってしまっているので、なかなか保護してあげられず…悔しいです。
*その理由はこちらをご覧ください http://hama-sush-jp.pro/happycat-satuki/entry-12246100455.html
この日は、人が多かったこともあり警察も多く出動しており一部のエリアだけではありましたが騒々しく給餌をしていくにも気を使いました。
今回も、「皆さま」が託してくださった「美味しいご飯」を全ての給餌ポイントに届ける事が出来ました。
ご支援をありがとうございます、心より御礼申し上げます。
前回の5日の活動報告でお伝えしました解体が着手されてしまった「大切な給餌ポイント」ですが…
3月5日時点では、建物の半分が解体されてしまっていました。
↓
一週間で全て解体されてしまい、更地になってしまいました。
ここで目撃し写真を残せた子で保護出来ていないのは、この子だけです。
定点カメラの設置を始めた頃には、もうここには来ていなかったようで定点カメラには写ってくれませんでした。
この子を目撃したのは2年前ですから…間に合わなかったのかもしれません
ごめんね、助けてあげられなくて、ごめんね
でも、もしまだ生きててくれているのなら姿を見せてね
その時は、助け出してあげるから
必ず助け出してあげるから(涙)
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お昼2時を過ぎた頃から、被災地は一層ざわついていきました。
東日本大震災が起きた「午後2時46分」を迎えるためにそれぞれの人が、それぞれの用意をはじめたからです。
私も一旦作業をやめ、津波被害で姿を変えてしまった富岡駅があった場所に向かい、その時を迎え祈りを捧げました。
*この動画には、サイレンと海風の音しか入っていません。
東日本大震災は 終わっていない
福島原発事故は 終わっていない
なかった事になんか してはいけない
犠牲になった御霊が、そう叫んでいるように感じ涙が止まりませんでした。
この先に福島第一原発 があります。
福島は、岩手や宮城に比べると東日本大震災で亡くなった方は少ないのですが…
震災後に亡くなった、関連死された方が多いことを皆さまはご存知でしょうか?
東日本大震災における震災関連死の死者数
岩手県 460
宮城県 922
山形県 2
福島県 2,086
茨城県 41
埼玉県 1
千葉県 4
東京都 1
神奈川県 3
長野県 3
合 計 3,523
※注1 平成28年9月30日までに把握できた数。
注2 平成23年3月12日に発生した長野県北部を震源とする地震による者を 含む。
注3 本調査は、各都道府県を通じて市区町村に照会し、回答を得たもの。
注4 「震災関連死の死者」とは、「東日本大震災による負傷の悪化等により 亡くなられた方で、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該 災害弔慰金の支給対象となった方」と定義。(実際には支給されていな い方も含む。)
(平成28年9月30日現在)
これは復興庁が発表したデータです。
関連死の定義にあえて謳われていませんが、自ら命を絶った方が含まれています。
この活動で知り合った方々にも自殺された方のお話をいくつも伺っています。
家が流され仕事を失う、それだけでも十分生きる希望を失ってしまいます。
それでも、またそこに家を建て生き続けらるのであれば何とか生きていこうと思うことも出来るかもしれません。
でも、福島第一原発事故で汚染された地域の方々は、それさえも出来ないのです。
ご先祖さまから授かった大切な家もお墓も畑も思い出も全て奪われてしまい、長きにわたり大好きな畑仕事が出来ず部屋の音が筒抜けのプライバシーがない部屋で生活を続けていたら…
報道では伝えられていませんが、2011年3月11日から現在までの間に本当に多くの方が犠牲になっています。
生きたくとも
生きれなかった命のために
私たちが出来ること
私たちがやるべきことを
今一度考え行動することが
最大の「供養」に
なるのではと改めて思いました
地震大国の我が国では、いつどこで何が起こるかわかりません。
だからこそ普段からの備えと、万が一自身が犠牲にならなかったとしても犠牲になった方達のSOSに応えてあげる心を持っていたいと思いました。
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この日は人も車も多く異様な空気が漂っていたこともあり、普段以上に動物たちは警戒し気配を消していました。
そのせいもあり保護は出来ませんでした。
今回は泊りがけで活動なのでいつものように車中泊をするつもりでいたのですが…
「車中泊じゃ疲れが取れないでしょうに、良かったら家で休んで」
と、知り合いの被災者さんが被災地にあるご自宅を提供してくださいました。
そのありがたいお申し出甘えさせていただき、今回は初めての民泊をしました。
以前も活動報告でお伝えしたことがありますが、
「いわき市までいけばホテルがあるのだから、何も車中泊なんかしないで、そっちに泊まればいいのに」
とよく言われます。
確かにそうなのですが…
東京に暮らしている私にとっては被災地はとても遠く、すぐに飛んでいきたくとも行けません。
"あの子達"のことが心配で、"あの子達"が今どのような状態の中にいるのだろうと常に気になっています。
そんなこともあり、泊りがけで活動する時位は、"あの子達"の傍にいたいので被災地で車中泊をしています。
夜になりその方のお宅に伺い懐中電灯を頼りに室内に入ると…
置手紙と寝具一式が置かれていました。
嬉しかった…今まで頑張ってきて良かったと心底思いました。
少しずつだけど温かい輪が広がっていると感じました。
脚を伸ばして横になり、月明かりに照らされた景色を眺めながら"あの子達"を想い夜を過ごしました。
氷点下だったので手や顔が痛くなりましたが、被災者さんの優しさに触れ心温まる夜でした。
(その2)に続く
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被災地での給餌保護活動を2017年3月末で終了予定していますが…
まだ保護待ちの子がいますので3月以降も活動を続けることにいたしました。
里親様募集中の子情報は→★
活動費、特に保護数が増え医療費がかさんでいますので、ご無理のない範囲でご支援のご協力をしていただければ幸いです。
昨年だけでも26匹、今年に入ってから2か月足らずで既に9匹を保護しています。
昨年4月から現在までの間に発生した「医療費」は、¥990,554-になっています。
*保護活動するうえでもっともかかるのが「医療費」です。
その中でも、特に初期医療費が高額となります。
(個人で活動しているのでご支援で賄えない分は全て自己負担となっています)
全頭保護を目指し保護を全力で進めていますので保護頭数が増えています関係上、現在「医療費」が膨れ上がっています。
保護した子全ての子に十分な医療を受けさせてあげたいので「医療費」を削るわけにはいきませんので、引き続きご無理のない範囲でご支援いただければ幸いです。
*ご支援いただきました「心はいつも一緒基金」に関しましては、こちらのブログにて「収支報告」をしております。
【口座名】 心はいつも一緒基金
●〈ゆうちょ〉 からの振込の場合は
【記号】 10170 【番号】 39358001
●〈他金融機関〉 からの振込の場合は
【店 名】 〇一八 【店 番】 018 【預金種類】 普通預金 【口座番号】 3935800
まだ保護待ちの子がいますので3月以降も活動を続けることにいたしました
引き続き応援ご支援ご協力を何卒宜しくお願いいたします。
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