心はいつも一緒 ~福島の "あの子達" と共に~

       ▲福島の津波被害を受けた警戒区域にある美容院の時計

あの日のあの時間のまま、この地は時間が止まったまま


 

あの2011.3.11から現在まで、私なりに被災地の「」と「」のためにやれること続けています。

東日本大震災直後は、地元・東京での被害もあり、また車も持っていなかったため、被災者さんと被災動物のために現地にいけない代わりに、後方支援(物資と支援金)を続けていました。
どの店からも商品が消え、物価は高騰し、購入数の制限も発生した中、毎日可能な限り店を周り食料を買い、販売機で飲料水を買い集め、被災地に送り続けました。
 

体育館などの避難所では白米だけのオニギリが続いていたそうです。

毎日味気ないご飯で食べる事に対し喜びがなくなってきてしまい食欲が落ちてしまう子供達がいると聞いて、「ふりかけ」・「御茶漬けの素」・「レトルトカレー」を送りました。

 

最低限の食料に、毛布に身を包み寒さに耐え、段ボールの壁のプライバシーも何もない生活・・・そのストレスは想像を絶するものだったはずです。

そのストレスを少しでも軽減できればと、甘いものを送るためお菓子などを探し求めましたが品切れで入手困難。

そんな時に、ひらめいたのが「ダイエット食」。

日本全国の人々が空腹を満たす食料を買いあさっていたので「ダイエット」なんて頭になかった時期なので、どのお店に行っても「ダイエット食」は売れ残っていたんです。

でも「ダイエット食」ってよーく考えると必要な栄養素を摂取でき満腹感も味わえる。
それに、苺やココア味のシェイク、おせんべい、クッキーなど種類も豊富!
お子さんからお年寄りまでオヤツ代わり食べれる。

色々な種類を箱買いして送ったところ、喜んでもらえました

 

被災動物のために苦労したのが「お水」です。

ミネラルウォーターは、マグネシウムなどの含有量が多いので動物には長期間摂取させるわけにはいはません
そのため、動物が飲んでも大丈夫なお水も捜し求めて歩き回りました。

とある銘柄のお水ならなんとか大丈夫だと判明してからは、毎晩販売機巡りをして買いあさりました。
あまりの重さにバッグが壊れてしまったりして、両手に大量のペットボトルを抱えて帰宅したこともあります。

 

全国各地の愛護団体が被災地に入り救護活動を開始してからは、個人団体問わずに片っ端からフードなどの支援物資と活動資金を送りました。

自分も現地に行って助けてあげたいと思っていましたが、仕事も家庭もあり動くことができない。

ならば代わりに活動してくださっている人たちを支えようと必死に支援しました。

お金はまた働けば稼ぐことができる。」
でも、命は一度亡くしてしまったら取り戻すことが出来ない
その命を繋ぐためならばと、ここで金額はいえませんが高級車数台買えるほどのお金を使いました。

(その多くは某団体のシェルターための出費ですが、この件に関してはまた機会があればご説明いたします)

 

2011年夏、某団体のシェルターのボランティアさんが足りないとSOSがあったので、レンタカーを借りて保護っ子たちのお世話をするために福島に通うになりました。
保護されて空腹の苦しみから解放されても、愛情に飢えてしまっては意味がありません。

そんな子達のためになれば、また傍にいてあげたいとの思いで通いました。
(この頃より支援と活動をこの某団体に絞りました)

 

飼い主さんが見つからない子達の新しい家族(里親様)との橋渡しもやらせていただきました
里親希望のご家族と会い実際に飼育環境の確認をする「ご自宅訪問」や、シェルターから里親様宅まで保護っ子の搬送「お届け」をさせていただきました。

今でも、個人的にその後の様子やお写真を送ってくださる里親様もいらっしゃるので私の励みとなっています。

 

そしてその後・・・私には到底無理と思っていた、警戒区域での給餌保護活動に参加するようになったのです
 

かなり長文になってしまったので、この続きは後日いたします。

最後までお読み下って、ありがとうございました。
                                                                           (その2に続く)


 

まだ助けを必要としている"あの子達"がいますので、引き続きご支援応援のご協力をよろしくお願いいたします。

 

*福島・被災地での活動に関するご支援のお願い・里親様募集中の猫さん情報についてはコチラをご覧ください。

 

 

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