こんにちは、まきです音譜

 

ここ1週間ほど体調が絶不調で

ただただ、第一大根湯を飲んで

休んでいましたゲホゲホ

 

 

今日になってようやく喉の痛みが

取れてだいぶ楽になりましたが、、、

心は複雑でした。

 

 

 

私は年季の入った自分責めの癖があるので

だいぶマシになったとは言え、

やっぱり出てくる。

 

 

 

現在、コンサルを受けているんだけど

その中で私が発する言葉で

ここは見逃せない、と言うところは

パシッと指摘される。

 

 

 

それは私が気づいてなくて

巧みにスルーしているところなので

それを見逃さずに言ってもらえるのは

とってもありがたいこと。

 

 

 

だけど、私の自動思考は、

「なんか責められている気がする」だった。

(セッション中はここまで気づいてなかった)

 

 

実際は全く責められてないのだけど

私のしぶとい前提、

「出来てない私はだめ」に基づくと、

できてないとこを指摘されている、となる。

 

そして「できていない私はだめだ」となる。

 

ここまでわかりやすいと、

お見事三段落ちって感じあせる

 

そして、もうマッハの世界の速さで

自動で行われるので、止める余裕もない。

 

 

今回は少し後になったけど

気づけて良かった。

 

 

これを違う前提で見てみると、

 

 

「自分では気づけないところを

言ってもらえるってすごくありがたいね。

愛されてるね」だし

 

「少しずつだけど確実に進んでいるね」

「わからないとこ、わかって良かったね」だし

 

 

もし、今の私のような人が

クライアントとして来てくれた場合は

 

「そっか、そっか。まだやってたいんだね〜。

ゆっくりいこうね」だろうし

 

「少し時差はあっても気づけて良かったね」だし

 

いずれにせよ、ここで自分を責める必要が

全くないのが認識できる。

 

 

前提、恐るべし。

何回も言った気がするけど、また言う。

 

 

私は素直なとこもあるけど

この前提が頑固だから

こんなにありがたい時でも

こうひねくれた受け取り方になるんだねぇ。。。

 

 

まりこさんも言ってたけど

私はまだこのひとりコントに

「飽きてない」らしい。

 

 

 

飽きるまでやるのか。

 

 

 

もうやだ〜〜!ってなって

毎度毎度、自動思考の癖と向き合って

そこの見方を変えていくのか。

 

 

 

 

そりゃ、変えたいよ。

 

 

そして我が家にはそれを

「発想の転換」と言う意識さえなく

無意識レベルでやってのける

夫という「神」がいる。

 

 

これからは彼の脳内を

インストールしてみよう。

 

 

スンバラしいお手本が家にいる。

(まりこさんのお墨付き爆笑)

 

 

セッションでの気づきはまだまだ

あるんだけど、それは次の記事にします。