心理カウンセラー、みきです





人を拒絶し、避けることで

傷付くことから自分を守る人がいる_



しかし、それは

人と関わっているからといって、

  

人を拒絶し避けていないわけではないのだ。




もちろん、傷付く恐れから、

「人と関わらない」という方法で

人を拒絶し、避けるという人もいる。




でも、物理的にも“関わりながら” 

拒絶し、避ける人も、いる。



どちらも同じことが起きている




例えば、




思ってもないことを話し、

「そうなんですよね〜」と、

同調しながら、相手に合わせ



心のなかでは、



「この人たちに話しても、

どうせわかってもらえないよね」




「住む世界が違うし」




こうやって、相手をジャッジしながら、

自分が傷付かないようにしている。






「この人たちみたいにはならない」


 


どこかで

 



「私は、あなたたちとは違う」




こうやって壁を作り

傷付く恐れから、

人と混ざらないようにしている。




無意識にも混ざるとなんだか自分が

汚れてしまうような気がして



それがとても怖いのだ



傷付いて壊れてしまうという感覚でもある。



汚れるというのは、

汚いものが飛んでくると思っているから



それは、世間体だったり、

嘘や比較、責める、悪口、ジャッジ



を恐れていたりする。




「この人たちに話しても

どうせ、わかってもらえない」から



自分の本音を隠し、

自分を見せないでいる。




そして、



「この人たちみたいにならない」


と、相手を弾き飛ばしている。




これは、物理的には目の前に人がいても

全く関わっていない状態と同じなのだ




自分から自分を差し出すこともない、

相手を受け入れることもない、



だから、循環が起きず、

自分がどんどん澱んでいく



流れのない溜池が、濁っているように。



自分の正しさやジャッジ、

そこはとても生きづらい場所なのだ




だから、周りにどう思われるかをコントロールするのをやめ、(汚れが飛んでくる覚悟)




自分を隠さず出すことが

循環の始まりになっていく。




〜5/1エッセイ公開〜

タイトル「冷たい目とナイフ」


毎月1回のエッセイ公開と

毎月一度の静かに語る場

(5/13 水 10:00〜11:00)



【内なる静寂を調律するひととき】

⬇︎4月満席になりました

次回は、5/26火曜日 

10:00〜11:00