こんにちは。
河村陽子です。
確実に日が短くなってきているけれど
朝はもう5時となれば明るいし
早起きが習慣になっているので
あまり寝ていられないのです。
年齢的にも。
それもあって早く寝るようにしたい!
改めてそう思ったのは
「ダウンタイム」の必要性を感じたのと
それが必要にならないように
工夫したくなったから。
(ダウンタイムっていうのは
外科的に何かをやったわけではなくて
気持ち的にたまった疲れをとって
状態をよくするため、回復させるための時間です)
今回
夏休みに色々考えて
こうしていきたいなって思ったことがあるんですよね。
それは、ご先祖さまへの感謝や尊敬と
親戚付き合いは別でいいなってこと。
親戚とか実家に
別に行かなくてもいいよねって
思っています。
何年か前から。
でも
仏壇に手を合わせたほうがいいとか…
お盆だから挨拶に行ったほうがいいとか…
ジジババに、孫の顔を見せなきゃとか…
子供たちの経験になるから親戚に会わせなきゃとか…
まだまだ
「べき」とか「〜なきゃいけない」
があって
それが
うまく言えないけど
ご先祖さまへの感謝と、へんなふうに結びついてしまっていたみたいなのです。
ご先祖さまには感謝も尊敬の気持ちも
めちゃある。
おじいちゃんが湖で漁をしながら
生計を立てていたとか
おばあちゃんが、冬の朝
布団にうっすら積もった雪をはらうことから
一日が始まったとか
そんな話も聞いていて
純粋に尊敬する。
へんな書き方だけどなんかワクワクする。
おばあちゃんには
ムカつくこともあったけど
ニコニコと見守ってくれている顔を
よく思い出す。
そのような自分の気持ちは
とっても大切にしていきたい。
ぜんぜん嘘じゃないし。
だから
御先祖供養をお寺さんにお願いしたり
お墓参りもする。
(やらなきゃ〜っていう気持ちからではなく)
それはそれで完結でよくて
親戚や実家関係に
必要以上に、義務だと感じながら
接しなくてもよいのだ。
別のことなのだ。
もうじゅうぶんやってきたし
子供は子供で、必要な経験は必要な時にしている。
私自身も
順調な流れにのっている。
だから素敵な出会いがいっぱいあるし
宝物みたいな出来事もすごく増えてきた。
ここまで読んでくれた人に特別に教えるけど
私は
心の中に、宝物を飾る棚があるんだよね。
その棚には
あの人との思い出とか、あの時のキラキラした出来事だとか
そういったものが
映画インサイド・ヘッドの玉みたいに
キレイな色になって飾られている。
余裕がある時は
その棚のお掃除をしたり
その棚のあるお部屋でゆっくり座ることができるんだけど
そのお部屋の存在すら忘れてしまうことがあるんだ。
これからは
これまで以上に
お部屋をきれいにしたり、そこで過ごす時間を増やしたいと思う。
ここまで読んでくださり
ありがとうございます。
思いのほか長くなってしまった。
「問題なく進んでるよ」
「順調な流れの中にいます」
「渦中にいるとわからないかもしれないけど
そのままでいたら一気に道が開けるよ」
…なんていうメッセージを
最近、色んな人のメルマガや投稿で
見ることが増えました。
ずっと生きてきた世界のクセで
なかなか受け入れられないのですが
どうです?
そういうものだと思ってみますか???
読んで下さりありがとうございます。



