以前 知人の投稿で
愛と愛情の違い
について読んだ
詳細は忘れてしまったものの
愛は 自然な状態だけど
愛情に は少し力みがある
みたいな内容だったと思う
その時の私には
チンプンカンプンだった
分からないながらに
大切な人に対して
愛情をかけようとする自分
愛情を求める自分を
否定されたような
ちょっと悲しい気持ちになった
でも
この頃ふと
わかった気がしたのだ
その人の言っていた真意が
愛と愛情の違いが
まあ
どうでもいっちゃ
どうでもいい話だけど
でも
気になる人にとっては大きな違い
だから
私なりの言葉で説明してみたいと思う
私が若い頃に求めていたのは
愛【情】だった
優しい言葉 とか
気遣う態度 とか
プレゼント とか
わかりやすいやつ
モノだろうが
行為だろうが
とにかくそこから発せられるエネルギーは
言葉にするなら
「愛してるよ〜」
「気にかけてるよ〜」
「大切だよ〜」
みたいな感じ
もらえると嬉しい
自分が大事にされている感じがする
でも
もらえないと寂しくなるもの
減っていくもの
言い換えるなら
かけるもの
与えるもの
もらうもの
受け取るもの
であり、同時に
失うもの
奪われるもの
でもある
【BE】ではなく【DO】
それが私の考える 愛【情】
つまり
前提が
ない・不足 なんだよね
だから
与えなければいけない
もらわなければいけない
伝えなければいけない
獲得しなければいけない
どうにかしなければいけない
多分これが
冒頭の知人の言うところの
「力み」だったのかなぁ、と思う
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それに対して
情抜きの【愛】とは
ただ、在るもの
そもそも在るもの
与える必要も
奪う必要も
求める必要もない
それはただ
常にそこに在る
それは愛情に比べると地味なので
見つけにくいことがある
それは愛情のようにわかりやすくないので
つい見過ごしてしまいがちである
それはまるで
キャンバスと
その上に描かれた点のような関係
私たちは点にばかり目が行きがちで
キャンバスがそこにあることには
ほとんど意識を向けない
でも点がびっしりでも
一つもなくても
キャンバスは常にそこにある
キャンバスがあるから
私たちは好きな世界を描ける
キャンバスは常に在る【BE】
私たちが本当に欲しいのは
そこにすでにキャンバス【愛】はあったんだ
という安心感
それは一生
なくなることも
奪われることも
消えてしまうこともないのだ
という深い安らぎ
でも
キャンバスはあまりに当たり前すぎて
逆に見えないから
その代替として
わかりやすい【絵=情】を
求めるのではないかな
もちろん、それもまた良い
キャンバス【愛】という
安心のフィールドがあるからこそ
私たちは安心して
ナイナイゲームに興じることができるのだから
もちろん
これは全部
私の勝手な解釈だから
採用するしないもあなたの自由だけど
でも…
ツンツンした息子も
無愛想な旦那さんも
クソバイスばかりしてくる義母も
勝手気ままなネコも
意地悪な先輩も
ステルスマウントしてくるアイツも
そもそもすべて
愛ゆえに
あなたの世界に存在しているのだとしたら?
そう考えただけで
まあいっか
なんか幸せ
ルンルンルン♪
って気分になりませんか?😁
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