先日、うえさまの継続セッション
2回目を受けました
なんだか2回目にして
悩みらしき悩みがないような気がして
何を話そうか…と
戸惑いながら始まったのですが
話し始めてみれば
うえさまからの意外なツッコミで
自分の意識がスタックしている場所が見つかり
徐々に内側へと潜っていけました
その中でとくに鮮烈だったのが
わたしの抱いている
前進とは、
逆風の嵐の中をヒリヒリしながら進むこと
という世界観に対して
うえさまが放った
そこにリアリティを
感じてるんでしょうね
というコトバ
リアリティ、ですよ
あくまでも本当っぽさ
であって
本当ではないかも知れない
ってことです
何かがわたしの中で
ガラガラと壊れた音がしました
どんなにリアリティがあっても
それが真実とは限らない
そんな簡単なことを
わたしはすっかり見落としていました
リアルであること=真実
だと思い込んでいたのです
そして思い出したのが
子供の頃、
エルム街の悪夢というホラー映画を
なんども繰り返し観ていたこと
(どんな子供やねん)
この作品、結構スプラッタな
ホラー映画なのですが
なぜかすごく好きで
どこに惹かれたのか
あらためて考えてみると
フレディという殺人鬼が
夢を介して現実に侵入してくる
という世界観でした
主人公の少女も最初は
眠らないように必死に努力をします
フレディに見つかりたくないから
しかし
それでは何も解決しないと気づき
(どうしたっていつかは眠りますもんね)
意を決して自ら眠りに落ち
フレディを現実世界に引きずり出します
このあたりから
一体どちらが夢でどちらが現実なのか
観ている方にも
見分けがつかなくなってきます
悪魔のような現実か?
リアルな夢か?
このせめぎ合いを感じるのが
(変な表現ですが)
当時の私にとって最大の癒されポイントでした
というのも、
わたし自身も夜眠った時によく
「これは夢だ」とわかる夢を
見ることがありました(今も)
なんとか目覚めようとするけれど
なかなか目覚めることができない
それはそれはとても苦しい夢なのですが
どれだけ頑張っても
起きれるかどうかの勝率は
3、4割といったところでしょうか
目覚めたつもりが
また別の夢の中にいて
もはや夢なのかどうかわからない
なんてこともありました
そして、
朝、目覚めた時
これは本当に現実なんだろうか?
いや
そもそも現実って
そんなに確固としたものなんだろうか?
と何かが揺らいだ感じになるのです
だから私にとって
リアリティ
というのはとても大切な命綱なのですね
もし現実世界が
何でも望みが叶う
お花畑みたいな空間だったら、
今見ている世界が
夢だか本当だかわからなくなるから
だから
リアリティを感じられる
スパイスが欲しくなるのです
それが、私の場合
ヒリヒリしながら嵐を突き進む
という感覚だったんだなぁ、と思います
まさにリアルな夢、ですよ
自分で選んで見ていたんです
だって単なるスパイスですからね
現実自体には本来
なんのスパイスも意味づけもないですから
味わう私たち自身が
そこに自分好みのテイストを付け加えて
観ているわけです
自分で選んでいる、ということは
別のものを選ぶこともできるし
素材そのままを味わうことも可能なはず
そんな事実に気づいた衝撃が
数日経った今もまだ鮮烈に残っています笑
そして
余談ですが
私にとっての「リアルじゃないもの」
っていうのもすごい偏っていたなぁと
改めて感じました
ご都合主義のドラマとか
出てくる人が全員いい人な映画とか
大っっっ嫌いでした笑笑
(ヒリヒリワールドから脱却するために)
「三丁目の夕陽」とか見てみたらどうですか?
とうえさまに言われたときには
なぜ?!
わたしの一番嫌いな映画を知っているのか?!
と腹の中で仰け反りました笑
マーベル作品とかTENETとか
ドSFにはリアリティを感じるのに
三丁目の夕陽はウソくさく感じる
わたしの抱いていた世界観のほうが
ウソくさい笑笑
もちろん、趣味の問題なので
どんなテイストを選ぼうと自由なのですが
偏った選択しかできないより、
ニュートラルな視点から
その時々に好きなテイストを選べることが
本当の自由だと思うので
少しずつ
ちがった世界線をのぞいていきたいと思います
というわけで
手始めに観たこの映画
いろんな自分に出会える
うえさまの半年間プログラムは
8月スタート分を募集中ですよ
ではまた







