すたかが机、されど机
今日、友達の一言から、
たかが机
に、どれだけ強く捉われていたか気づいた。
ダイニングテーブルを買い替えたい!
と切望しているのに
新しいテーブルを買うことも
古いテーブルを処分することも
なぜか、出来ずにいた。
粗大ゴミの処理めんどくさいな~、とか
デザインがイマイチ、とか
値段がイマイチ、とか
色々グダグダしているうちに早2年。
自分でも呆れて
机一つ買い替えられない
私ってダメ人間と
思ってた(笑)
そもそも、買い替えの理由は、
私が生まれた時から使っている40年選手で、
愛着はあるけどもはや時代遅れだし、
使い辛いし、
何よりも、
毎食苦行でしかなかった
「躾」中心の厳しい食卓のイメージが
染み付いていてイヤだったのだ。
デザインも、祖母の趣味で
妙に装飾的、曲線的、猫足だし。
シンプルな私の趣味とは全然違う。
でも、なぜかどうしても
手放せなかった。
遊びに来ていた友達に
そんな話をしていたら
彼女が突然、
「ごめんね。机、もう捨てていいよ」
って聞こえるんだけど。
と言った。
え?!おばあちゃん??
ってビックリしたあと、
どれだけ自分が
この机にとらわれていたのか。
机に象徴される
祖母への罪悪感に絡め取られていたか。
急に胸に迫ってきた。
驚いた。
(ちなみに、ややイタコ体質の友達も
ここまでハッキリ聞こえたのは初めてらしい)
祖母のものだから。
育ててもらった恩があるから。
祖父母から譲り受けた家の一部だから。
祖母を悲しませたくないから。
そこには私の
色々な捉われや、
罪悪感がのっかっていた。
たかが机、されど机。
買い換えるのが面倒だったんじゃない。
手放すことが罪だと思っているから
買い替えられない理由を探してたのだ。
でも祖母はもう、
好きにしていい
と言ってくれているらしい。
捉われていたのは私だった。
誰も私を縛ってはいなかった。
ものすごく、心が軽くなった。
急に、新しいテーブルのアイデアが湧いてきた。
うん、一枚板買って、夫と手作りしよう♡
本当に納得のいく
心地の良いものだけで
私の周りを満たしていくのだ。
誰に気兼ねも、義理立てもいらない。
もちろん罪悪感も感じる必要なし。
私は勝手に幸せになっていい。
