大切な人を亡くした後、どう生きるか
妻千恵が他界して、今夏で15年。昨年2月、死別と喪失からの再生を綴った「はなちゃんのみそ汁 青春篇」(文藝春秋)を出版した。
「青春篇」のテーマは「大切な人を亡くした後、どう生きるか」。
千恵が生前書いたブログ「早寝早起き玄米生活」を紐解きながら執筆した。
本を書き終え、「素晴らしい悲しみ」に気づくことができた。
ブログを遺してくれた妻に感謝したい。
死を覚悟し、娘を出産。
がん闘病中の千恵は「娘と生きる」を全力で楽しんだ。
ブログを書き続けた20カ月、彼女は最高に輝いていた。
かっこいい女になって、天国に旅立った。
あのとき、千恵は何を考えていたのか。
誰にどんなメッセージを伝えようとしていたのか。
「青春篇」の出版から約1年半。
もう一度、妻のブログにゆっくりと目を通しながら、
家族の歴史を見つめ直し、未来を考える機会にしたい。
悲しみを抱えている誰かの「グリーフケア」や「レジリエンス」につながれば、
それもまた意味のあることだろう。
以下、千恵が初めて投稿したブログ。
普段、彼女が表には見せない強い言葉が並ぶ。
僕には「死んでたまるか」と叫んでいるように感じる。
千恵の遺影を抱きしめる娘(当時8歳)(2011年5月15日)
がんとはげビーム!(2006年12月9日)
また、はげた。
つるつるにはげてしまった。
人生二度目のはげ体験である。
今、家の流行語は、「はげビーム!」だ。
ビームできる相手は、家族限定だけど。
流行語大賞、いただき。
全身で拒否していたのに。
最終的に、断る勇気をもてなかった自分がはがゆい。
何を断れなかったかというと、「抗がん剤」である。
今、私が抱えているがんは、両肺と肝臓に星の数ほど。
肺のリンパ、それから骨に数箇所。正確に数にすると、
どれだけあるんだっていうくらい。
でも、「おっ」と驚くくらいがんを抱えている割には、とっても元気である。
だから、状況だけを伝え、その後に私の顔を見た人たちは、本当に驚く。
入院してて、管にたくさん繋がれて、痩せてて、元気がなくて…、と、
普通の人なら、大体そういう想像を膨らませているらしい。
中には、恐る恐る顔を見る人なんかもいたりする。
で、私の顔をまじまじと見て、拍子抜けしている。
がん。
しかも、全身に転移したがんだ。
普通、人は、再発転移したがんは治らないと決め付けているらしい。
でも、私はそうは思わない。
がんも、風邪や他の病と同じように、治るものであると思っている。
誰が治らないと決めたのだろうか。
それは、人間が決めたこと。
強い強い思い込みだ。
がんは治る。
必ず。
これから数カ月かけて、いや、数年かかるかもしれないが、私はがんを治す。
今は、抗がん剤を使用しているけれど。
同時に、免疫治療を続けている。
玄米と、正しい心と、生活で。
これからのがん治療は、早寝、早起き、玄米ご飯から。
ここから、全てが始まる。
誰が何と言おうと。
文句がある人には、容赦なく。
「はげビーーーム!」

