阪神淡路大震災から31年
赤ちゃんだった末っ子も30過ぎたか~
阪神淡路大震災 我が家もかなりの被害が
ベランダの壁は落ち崩れ
キッチンは食器が散乱
何より困ったのが 水道が止まった
小さな子たち3人 夏でなくてよかったものの
洗濯も困る食事作り 何より赤ちゃんだった末っ子の沐浴ができない
そんな事より辛かったのは
主人がこちらの事も考えず 勝手に舅夫婦と義姉族連れてきた
湊川は火の手が近くまで来ていたそうで 心配した主人が迎えに行き
比較的安全な(どこがだ~ガスと水道とまった照代子供もいるのに)
当然のごとくやってきて 何1つ手伝うとかなく
食事だって水が使えない中作るのって決まってくる
「なんかほかにないの?洗い物たまってるよ トイレの水ながせないの?」
味方なんて誰もいないって思った時 隣町の知り合いからの電話
「こちらはライフライン大丈夫だから 洗濯物もってみんなでお風呂入りに来て」って
上の子たちは 義姉族 舅夫婦に遠慮してみんなで留守番するって
私は末っ子だけでもと 子供たちの洗濯物持ってお言葉に甘えさせたもらう事に
お風呂から出たら あったかいシチューが鍋いっぱいに
「これ 持って帰って洗わずにそのまま返してくれたらいいから」
嬉しかったですね 久しぶりの暖かいご飯とシチュー
そんなに親しいわけでもなかったのに
「みんな連れてくればよかったのに」って
あの時のシチューの味は忘れられません
大変だったけれど あの時の自分に「よくがんばった」って言いたい
孤独の中独りぼっちだって感じ続けていたから
なんだか暗い記事になってすみません